Gal In The Box

 息を潜める。横倒しで膝を抱えたまま、闇を見つめる。

 私は今、ママからの仕送りが入っていたダンボール箱の中に隠れている。羽純がやってる『マツ男カート』の賑やかな音が箱の外から漏れ聞こえてくるが、私は声を上げることも箱から出ることもない。梱包されたぬいぐるみのようにただ静かにうずくまっている。

 戦闘を介さない《隠密》スキルの取得のためには、周りに1名以上の人がいる状態で2時間隠れ潜む経験が必要なのだという。音を出してもいけないし、寝息を立ててもいけない。ただじっと息を潜めて隠れることを継続しなければいけない。

 箱に入ってから1時間半ぐらいは経っただろうか、眠ってしまわないようにゲームの音に耳を澄ませる。しかしこの何もできない状況というのは……どうも内省的になるというか、嫌な記憶がちらついて仕方がない。


 私が本格的に人生につまづいたのはどのタイミングだったろうか。

 否が応でも思い出してしまう。中学の頃、スキルの希少さから冒険者高校のスカウトに声を掛けられたこと。自分には才能があるのだと勘違いして、それでいて将来を考えるのが怖くて、何も考えず備えないままダチと遊び呆けたこと。鍛えもしていないフレーバー神器のカスが冒険者高校の訓練に付いていけるはずもなく、1年もかからず退学したこと。

 噛み砕いていえばそんな自業自得物語だけど、しかし枝葉末節にいくつも理不尽とトラブルと不愉快な出来事が山積していて、私はいつしか頑張ることを……何かに真剣になることを怖いと思うようになっていた。もともとはダチがいっぱいいて、ギャルなりにセンコーにもいい顔してて、それなりにいいやつだった私は、いつしか努力をしない腹黒冷笑女になって、全てから距離を取るようになってしまった。


 だから、ウチは、友達なんてもう一人だって作らないと決めたんだ。


 ―――スキル《隠密》レベル1を取得しました。


 目の前に浮かぶ電子文字を確認し、ふうと息を吐いて自責に満ちた妄想をかなぐり捨てる。同じ姿勢のままでいたせいでバキバキになった体を起こす。蓋を手で押し開けて顔を出すと、LED灯の眩しい灯りが目を差すのだった。


「おかえり、どうだった?」

「うん、取れたっぽい。あんがと」


 ゲームをポーズして振り返ってくれた羽純は微笑みながら「そうか」と応え、また画面の方を向いた。ポーズが解除されるや、羽純の運転しているカートが他の車にカブトガニをぶつけられて吹き飛んでいく。大きくてのんきな背中。


「どーん!」

「わ、どうかしたか?」


 思いっきりタックルをかましてやったはずなのに、羽純はおぞましいぐらい強靭な体幹で微動だにしないままゲームを続けているのだった。そういえば以前、なんかゲームしながらでも修行してるとかなんとか抜かしてたな。……私が昔のこと思い出してうじうじしてる間にこいつぁ!


「うおらぁ遊びに行くぞぉ、羽純ぃ! 準備だ準備!」

「え、ちょっと待ってくれ? 今回こそビリから抜けられそうであと1周だけ、ああああ!? 真美華電源切ったな!? おい、あと少しだったんだぞっちょっ最近私に対して強引じゃないか、あーまったくもうすぐ支度するから……!」

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