「いいね」に人生を捧げたインフルエンサー、自作自演の嘘は一瞬で崩壊した。

DONOMASA

第1話

鏡に映る完璧な嘘


午前10時。真鏡 映太が働く事務所は、築40年の雑居ビルの最上階にあった。窓の外は排気ガスの匂いがするが、映太の関心は、常にデジタルデータの中にある。


今日のタスクは、ある大手食品メーカーからの依頼だった。


「『当社CMの背景に映り込んだ雲の形が、その日の天候データと論理的に矛盾していないか』の検証」


映太は、この依頼に対して、微塵の疑問も抱いていなかった。彼にとって、世界はすべて検証すべき論理とデータで構成されている。感情や印象は、検証を妨げるノイズでしかない。


「矛盾なし。雲の形はCM撮影地の高層気象データと0.02%の誤差で一致」


映太は、報告書をタイピングすると、ふと休憩のためにSNSを開いた。彼がフォローしているのは、気象予報士、統計学者、そして企業コンプライアンスの専門家といった、感情から最も遠いアカウントばかりだ。


そんな彼のタイムラインに、突如、「完璧な人生」という名の、強烈なノイズが割り込んできた。


【今日のPerfect Morning】


最高の目覚め!#自作パン #グルテンフリー #オーガニックコーヒー #丁寧な暮らし #太陽に感謝


映太は、その投稿主、ライフスタイルインフルエンサー「SAKURA(サクラ)」の投稿に目を奪われた。彼女は、毎日、高級ホテルのテラスで撮影されたような完璧な朝食と、ヨガをこなす優雅なルーティンを披露している。フォロワーは数十万人。誰もが、その優雅で完璧な「鏡」に魅了されていた。


映太は、すぐにその投稿の裏側にある「論理的な矛盾」を探し始めた。彼の論理が、この完璧すぎる虚像を許さなかった。


1. 料理の矛盾: 投稿されたパンは毎朝焼かれたと主張されているが、パンの気泡の大きさや焼色が、市販の冷凍生地と98%のデータ類似性を示している。

2. 時間の矛盾: 毎朝のヨガ(30分)、パン作り(60分)、完璧なメイク(45分)、出勤準備(40分)を合計すると、彼女の出勤時間と論理的に整合しない。


「おかしい。彼女の投稿は、すべてがなにかおかしい」


映太は、ただ論理が通らないという理由だけで、SAKURAという虚像に恋する世間のフォロワーたちを、感情に流される愚かな大衆だと感じた。


その時、映太の検証能力を最も刺激する、致命的な「矛盾の種」を発見した。


SAKURAが毎朝投稿する「オーガニックコーヒーのマグカップ」。そのマグカップの側面に、ごく小さく映り込んでいる背景の反射。


拡大、解像度向上、ノイズ除去。


その反射の中に映り込んでいたのは、SAKURAの投稿とはまるで違う、生活感あふれる、ごちゃごちゃとした蛍光灯の光と、小さな洗濯物がぶら下がっている、安アパートの風景だった。


「これは……」


映太の口元が、初めて感情とは違う、探求心による微かな笑みを浮かべた。


「虚像が、現実の姿を反射してしまった。論理的には、彼女の完璧な人生は、このマグカップの反射によって、既に崩壊している」


映太にとって、このマグカップの反射こそが、ナルキッソスが溺れている「水面を砕くための論理的な刃」だった。

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