甘い下僕と辛い吸血鬼 Another
作者不肖
甘い彼と辛い彼女
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__「修行が終わったら、迎えに行くって言ったよね。だから…僕、来たんだよ」
翼を捥がれようとも、天から地へ突き落とされようとも。あの日の約束通り、迎えに来たんだ…君を。
__「やだ…やだ……嫌だ…!」__「……ミア…来い…」___「嫌だ…!離れ…!!やだぁっ…!!」
なのに、君は遠ざかっていく。徐々に暗くて、痛さも感じなくなっていくと共に、君は……僕から離れていく……。
僕の腕…僕の足………ない……。生温い赤い水が、僕を飲み込んでいく。
君はずっと泣いて、僕を呼んでる。泣いて、ずっと、痛がってる…。
大丈夫。大丈夫だよ。もう、泣かないで。
僕はきっとまた…君を見つけに行くから。
______
不思議な夢を見た。よく分からないけど、とても切なくて、悲しい夢。自分の頬を触ると、涙が出ていることに気が付く。
硬めの寝心地が良いマットレス、乱れた冷たいシーツの上、隣にいるはずの君がいない。
ベッドの目の前にある締め切っていたはずのテラスへの扉が開け放たれて、静かな夜の中、綺麗なオーシャンビューが見えた。
___何処?僕の愛しい彼女は、何処にいるの?
また突然、いなくなってしまったんじゃないか?また勝手に、僕の前からいなくなってしまったんじゃないか?2年前と同じように、君はまた、僕を置いていってしまったんじゃないか。
ベッドから飛び起きてテラスに出る。そこには誰もいない。戻ってベッドルームをもう一度見回し、リビングやお風呂場も見てみるけど、誰もいなかった。
呼吸が乱れて、心音が早く、体温は逆に下がっていく…。気が気じゃなかった。君の名前を何度も呼んで、そうだスマホと気付いて探してみても、こういう時に限って見つからない。
嫌だ、もう一人にされるのは嫌だ。
君を忘れて、生きていく事なんか出来ない。
焦りは限界に近づいて、もはや泣きそうになりながらTシャツと短パンだけを履いて外に出ていこうとすると、ベッドルームの方の物音と不自然な風に気が付いて戻った。
___あぁ。
良い香りがする。ピリッとした辛さとほのかな甘さのある香りと一緒に、ツンっと鼻を掠めていく血の臭い。
開け放たれてあったテラスに、白くて細い生足が降り立つ。ゆったりとした足取りで、音もなく、満足げに戻ってくる、黒いレースのワンピースを着た君を見て、乱されていた僕の心は、一気に平静に戻っていく。
「シェラミア!」
白くて滑らかな肌、抱くと芳しい匂いがする栗色の猫っ毛な髪、僕の肩に埋める美しい顔を上げて、長い睫毛の下のピンクの瞳が、僕をじっと見つめる。その赤い唇には、血液をこびりつけたままで、鋭い牙がチラッと見えていた。
「何処行ってたの??心配したよ?」
「ちょっと食事をしに行ってただけ…。なんで汗かいてるんだ?」
「だって、起きたら何処にもいないから…」
細身でも、むちっとした大きい胸が僕の体の上を滑り、君は顔を覗いてくる。好奇心旺盛な子猫のように、僕を誘う。
「また置いてかれたかと思った…」
「そんなわけないでしょ。もう置いていきはしない。置いても、しつこく追いかけてくるからな、聖也は…」
「君がいなきゃ生きてけないよ…」
「大袈裟なことを…」
ムッとした表情で意地っ張りな事を言ってくる君も、なかなか可愛くて、顔を近づけてキスをする。触れ合いの中で、僕の口の中にまで、血の味が染み込んできた。
「ところで、血は何処で飲んできたの?飲みたかったら僕の飲んでくれて良いのに」
「久しぶりの現世だから、他の血も欲しくなった。…誰も殺してないぞ。ちょっと気絶させて、頂いただけだ」
「他の男の血ってこと?あー、許せないなぁ、それは」
「お前のは飽きたからな」
「じゃあ、また欲しくなっちゃうようにしないとね」
このとおり、僕の愛しい彼女……いや、お嫁さんになる人は、齢500歳の美しい吸血鬼だ。
闇の中でしか生きられない、生き血を吸う怪物。そう言われている君は、それも気にならないほど、愛おしい。
対して僕はただの人間。彼女と違って、長くは生きられない、弱く脆い生き物だけど、それも気にならない程、彼女を愛してる。
「というわけで、はい、ベッドに直行~」
「おまっ…まだやるのか!?この2日間そればっかじゃないか!!」
「2年間離ればなれだった空白を取り戻さないとっ」
「っ…嫌っ!!疲れた!!絶対嫌っ!!」
「そんなこと言ってぇ~。最後はいつもノリノリなんだから」
バタバタと暴れる君の両足を持ち上げてそのまま連れていく。本気で嫌がっているならこのぐらいの拘束、君なら簡単に振りほどける。
君は僕の言うままに従ってくれる。望みのままに、君はずっと僕の側にいてくれる。
愛しい、愛しい、辛くて、ちょっぴり甘い吸血鬼。もうすぐ僕の、お嫁さんになってくれる吸血鬼。
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