3日目 仕事をしているほうが

 朝のルーチン。陳列の見直しとその日、発売のものを並べるためにシュリンクの機械に本を入れてビニールで包む。特典があれば間に挟んだり。後ろのバーコードが隠れないように工夫したり。絶対隠れてしまうようなものだとビニールの上からシールを貼ったり。

 つまり大体は商品を並べることに注力するということだ。

 春は自分が本屋で働くことになるなんてほんの一年前まで想像もしていなかった。としくんと一緒。春も就職活動は大苦戦だった。クリスマスになっても決まらず。残り三か月で就職浪人をするところまで行った。正直覚悟もしたし。親に頭を下げるつもりでもいた。それでも背水の陣で臨み続けた結果、滑り込むように受かったのが今の会社だ。それなりに大きな本屋さん。全国区ではない。その代わり地元に根付いている。正直、春も就職活動で訪れるまで知らなかった。

 それなのによく受かったなと思う。拾ってくれたようなものだ。感謝してもし足りない。面接で社長に向かってなんでもします。雇ってください。と全力で宣言したのが良かったのだと思っている。

 それに。

 想像していた以上に仕事は楽しかった。なによりも毎日のように届く本の数々。知らない世界がそこにはあった。

 本って一言で表現しても数えきれないほどの分野が存在する。知らない出版社だって山ほどある。そんなことを知ったのも入社してから。そして。本屋さんが本だけ売っているわけじゃないって言うのも言われてから初めて知った。文房具や紙だってたくさん売っている。印鑑や事務用品など。幅も広い。その説明を受けて研修中に間抜けな声を出した。そのことで同期に軽く笑われたのも近しい記憶だ。

「河野さん。レジ金用意しておいてね」

 先輩社員のひとりから声がかかる。春が働いている店は多層フロアからなる店。当然、レジも各層に置かれている。でも金庫はひとつだ。前日の夜に金額の計算をして売り上げを銀行に入金する。でも釣銭になるものは金庫にしまっているのでそれを各フロアのレジの中に戻す必要がある。

 ちゃんとお金があっているか数えながらレジに登録するその作業はそれなりに時間と手間がかかる。レジの数が多ければなおさらだ。

 お金のことだ。アルバイトには任せられないので春がやることがほとんどだ。もちろんひとりではないし休みの日にやる人だっている。けれど。新人のうちはこの辺りをしっかりやろうと春は心に決めていた。

 でも、どこかで仕事が上の空になってしまう瞬間が今日は多かった。なにかと集中できない時間が目立つ。それは営業が始まってからもそうだ。商品の問い合わせを打行けたり、他店と在庫の確認や連携をとる中でとしくんのことが頭に浮かんでは消える。さっさと返事をしてしまえば頭から離れてくれるのかもしれないが、どう返事をしていいのかわからないまま時間だけが過ぎていく。

「河野さん? 具合でも悪いの?」

 先輩社員が声を掛けてくれる。もちろん具合なんて悪くないので申し訳なさが大きくなる。そうしているうちに反省をし、思考が余計に仕事から離れて上の空になる。悪循環だ。

 仕舞には強制的に休憩にいかされたりもした。強がって言い出さないのだと勘違いをされたらしい。

 休憩室でスマホを手にとって椅子に座ったままじっと真っ暗な画面を眺める。返事をしていないのだから向こうから来るはずもないのに。なぜだか眺めてしまう。

 みなとみらいね。オッケー。仕事終わったら連絡する。

 ちょっと前ならそうやって返せたはずの言葉がなぜか躊躇してしまう。その理由が思い当たらない。もう別れたものだと思っていたのだ。今更、どう思われたって変わらないじゃない。そう自分に言い聞かす。

 千尋に言われて通り本心を伝えるだけでいい。でもそれが春のわがままだってことが邪魔をする。としくんにとってそのことが良くない方向に行ってしまうきっかけになることだってある。そう思うとやっぱり踏み出せなかった。

 そんなことを考えているとアッという間に休憩時間は終わってしまい。上の空のまま仕事に戻る。

 本当に。本当にそれが良くなかった。

 閉店後。お金を数えていた先輩が春に聞いてきた。

「お金が九千円足りないのだけれど。河野さん心当たりある?」

 と。

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