六話 一万分の一

 空本真理の推理によって屋上の扉が開かれた。

「これ、尾崎くんが預かってて」

「まさか『言いにくい』で1129なんてそんな真相じゃないよな?」

 金ピカのダイヤル南京錠を渡されたとき、ついこんなことを言ってしまったのは、完全に負け惜しみである。

「悔しい?」

「こうもあっさり開けられちゃうと多少は……うん。俺の夏は一体なんだったのかなって」

「大丈夫。君の努力は無駄じゃないよ」

 少女探偵の推理において、たしかに俺の努力は

「そいつはどうも」

 でも、この時点では、ただの慰めとしか思えなかった。


 ――と、これが五分ぐらい前の話で、

「定規を当ててスッと線を引いたような雲だね」

 空本が飛行機雲を指差しながら言ったとき、俺はそいつの重さをズボンのポケットで感じていたところだった。

「見て。あそこの雲」

 指先を辿るようにして顔を上げると、茜色に染まりつつある空に、その飛行機雲は、たしかに定規でスッと線を引いたみたいだった。

 金網に背中を預けながら見上げる空には、手を伸ばしてみたくなるような、気持ちのいい寂しさがあった。

「青乃島は十月ぐらいまで暑さが続くけど、少なくとも真夏のピークは去ったかな」

「……それ、天気予報士がテレビで言ってたの?」

「まいったな」

 ふと言ってみたことが相手に通じて嬉しかった。

「話すことに迷うにはまだ早いよ」

 とぼけた言いかたにもつい笑ってしまう。

「尾崎くんって『ストレンジカメレオン』とかも好きでしょ?」

「あ、分かっちゃう? ピロウズとかL⇔Rも好きでさ」

「ちょっと物憂げな青春ものだね。まぁ、私の好みも似たような感じだけど」

「たとえば?」

「エレファントカシマシ。イエロー・モンキー。森田童子。あとは……」

「あとは?」

「……いや、音楽の趣味について語り合うのはまたの機会にしよ。このままだと推理パートの時間がなくなっちゃうから」

「それもそうだな。じゃあ、とりあえずあっちのベンチで」

「ベンチ? ここでハラハラドキドキしながら推理パートってのも乙なものだと思うけど」

「俺はまだそこまで上級者じゃないから」

「そう?」

「いま俺ら西校舎で仕事してる先生達にずっと背中晒してっからな」

 誰かが息抜き中になんとなく中校舎の屋上を見上げたりしたら一発でアウトだ。

 ――そこの二人なにやってるんだ!

 お説教もごめんだが、それ以上に推理がいいところで中断なんてことになったらたまらない。

 そういうわけで、俺達は貯水槽のそばのベンチに移動した。


「――さて、久しぶりの探偵ごっこだからどこまで名探偵を演じられるか分からないけど、君のお気に召すといいな」

「謙虚な前口上が既にそれっぽいよ」

「ありがと。はじめは当たり前の話ばかりでまどろっこしく思うかもしれないけど、このパスワード講義は今回の推理の土台になるから、よく聴いててね?」

「分かった」

 ここから先は便宜上「パスワード」という言いかたで話を進めるとのことだった。

「……では、あらためて。パスワードを設定する上で大事なことはなにか?

 その一、それは自分にしか解けないものであること。

 その二、それは自分が決して忘れないものであること。

 ――前提となる条件はOKかな?」

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