そこにミステリなんてなかったよ ~私を見つけて~
尾崎中夜
二話(一)初恋の話
十二歳の春、ファイロ・ヴァンスに恋をしました。
嫌よ嫌よも好きのうち。そういう恋でしたけど。
中学校入学のお祝いに親戚の伯父さんから貰った図書カードで『ベンスン殺人事件』を買ったのがすべての始まりです。シャーロック・ホームズでもクリスティでも綾辻行人でもなくて、なんでヴァン・ダインだったのか?
名前の響きがカッコよかったからです。ヴァン・ダイン。――ほら?
なんでガチガチのミステリ小説だったかは……周りに賢い子だと思われたかったからでしょうかね? 我ながら子どもっぽい理由です。
中学生になったばかりの女の子にヴァン・ダインの面白さなんて当然分かりませんでした。ミステリ小説自体初めて読みましたし、まず登場人物の名前を覚えるだけでも大変。調査や取り調べパートはなんだかずっと同じことを繰り返してるみたいで……なにより、あの気障でいけ好かない名探偵!
……だけど、ファイロ・ヴァンスのことをはじめは疎ましく思っていた人達が衒学青二才の話にだんだん耳を貸すようになってくるじゃないですか。最後には彼の才能や頭脳を認めるようになって……。
それで私、思ったんです。ああ、そうか。どんなにいけ好かない人間だろうと突き抜けたものがあれば一目置かれる。周りがほっとかない。身近にいたら目障りでしょうがないでしょうけど、私はそういう有無を言わせない力に強く惹かれました。
私は尾崎くんと違って、ミステリに派手なトリックとかどんでん返しとか、そういうものをあまり求めてないんです。ヴァン・ダインがミステリ初体験でしたから。名探偵の美学とか、推理小説としての品格とか、そういう精神的なものが採点基準なんです。
――コウヅキ? いえ、麻耶雄嵩は読んだことないです。いつか機会があれば読んでみます。一応受験生なんで、そうミステリばかり読んでもいられませんよ。
……でも、お隣さんが暇さえあればミステリを読んでるからその影響ですかね。この間久しぶりにヴァン・ダインとクイーンを読みました。ええ、そうです。私の中でクイーンはライツヴィルものです。
彼が読んでたのは、たしか
あ、人の好みにケチつけるのはよくないですね。よくない。いまのはよくなかった……。
あとは、島田荘司を読んでました。ネジ式なんとか? ……そうですか。奥浜先生のオススメですか。
私は『異邦の騎士』と短編集を読んだぐらいで。――はい。『数字錠』好きですよ。
まさにあれです。私がミステリに求めている、魂を揺さぶられる真相ってやつは。
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