第14話 悪役って基本スペック高い事多いよね

学院での生活は、順調だった。


……ただし、俺じゃなくて、主にヴァルガスが。


もともとゲームでは徐々に孤立して、主人公である俺に“負けイベ”を仕掛けてくる役割だったはずのヴァルガスだが──

いざ蓋を開けてみれば──


モブを吸った地球外生命体ですか?

と言いたくなるレベルで、彼は好感度を右肩上がりで爆上げしていた。

……しかも、その爆風が全部ヒロインサイドに直撃していた。


見ろよ、あの人だかり。


傍らには、従者系しとやかヒロインのフィリアがさりげなく控え、視線の端でヴァルガスを見守っているし……

勉強系ヒロインのノエルは、毎日とまでは行かないが、いそいそと「ヴァルガス様、昨日の公式の補足ですが」とノート持参で話しかけてくるし……

ちょい天然な神官系ヒロインのリリィなんか「余ったお菓子作っちゃいましたー!」とわざわざ手作りクッキーを差し入れしてきていた。


おい、ヒロイン勢。俺にかすりもしないのはなぜだ。

なんでラスボス候補のあいつに群がってるんだ。


しかもその当人が、いちいちスマートに対応するせいで、もう悲しいくらい絵になるんだよな。

ちょっと優しい顔して微笑まれただけで、それはもうCMになりそうな爽やかさだった。


……あれ? 俺、主人公じゃなかったっけ?

うっすいぞ、俺の影。ペラッペラ。

透けそうだぞ。0.01mm以下だろう、これって。

(まあ、でもしっかり努力してきたのは事実だし、な……)

などと内心で複雑に呟いていたら、


「フィリアさん、先日のご助言、本当に助かりました」

「いえ……その、私が勝手に準備しただけなので……」

「で、ヴァルガス様のおっしゃった一言、ノートに書いちゃいました……!」


「リリィのクッキー、おいしそうだね。きっと頑張って作ったんだろうね」

「は、はいっ! どうか、お口にあえば……!」


──ちょっと待て。

この天然盛り上がりヒロイン祭り、完全にヴァルガスルートじゃねぇか。


本来この位置には、ゲームの主人公が立ってたはずなんだよな……??

なんで俺は今、一般男子生徒Bみたいな視点で眺めてるんだ……?


……いや、まあ、悔しいけどな。正直、相当。

でも、あいつが転生者で、悪役じゃなくなって、真っ当な人生を歩んでるなら──

それはそれで、ありなのかもしれない。


 ☆ ▲ ◇ ▼ ◎


だけど最初は、正直、ちょっと構えてた。

敬語で喋ってきて、距離感も絶妙に遠くて、優しさも丁寧すぎて、なんというか……完璧すぎて息苦しかった。

まさに上品な貴族様って感じで、俺みたいな、前世含めて庶民育ちには気を遣いすぎる相手だった。

まあ、准男爵なので一応准貴族って事にはなってるんだけど、裕福な騎士階級ナイト上級市民ブルジョワジーとか郷紳ジェントリー相手だと得てして逆転する程度だからな……


でも、准男爵という肩書きがある以上、線引きは必要なのだろう。だけど――

「レイ君、これ……昼休みの時間、空いてる? 一緒に行かない?」


向こうから気さくに誘われたときは拍子抜けした。

最初は断るつもりだったが、「学食のスープは午後に冷めると本気でまずくなる」という、どこか現実的な説得力に負けてついていったのが運の尽き──それから自然と……


気づけば、昼飯仲間になっていた。

……もっとも、サー呼びだけは断固拒否したけどな。

てめぇの方が立場は上だろうに。


訓練後には剣のフォームの癖を指摘し合ったり、放課後には魔導理論のレポートでわちゃわちゃしたりする。

たまに「フィリアさん、最近距離近くない?」なんて俺が冷やかせば、「いや、違うからね、そういう意味じゃないからね?」って即座に否定されるあたりもだんだん面白くなってきて、二人でひとしきり言い合うのが日課になった。


試験前には一緒にノートまとめたり、つまらない講義中に目が合えば、微妙な顔でお互いに「寝そう」と合図し合う。

最近じゃ、目が合うだけで「また何かやらかしたな」ってお互い察するくらいには、距離が近くなってた。

―そんな、気づけば濃密な日常。


 ☆ ▲ ◇ ▼ ◎


今や、学院のそこかしこで噂がたち始めていた。


「ねぇ、ヴァルガス様とレイ君って、なんか仲良くない?」

「と言うか、ヴァルガス様に張り合えるのって、レイ君くらいのもんだよね」

「ほんと、二人で並ぶと絵になるね」

「なんか……尊い?」


……おい待て尊いって何だ尊いって。

言ったのは女子だったが、妙に具体的な語彙が怖い。


たまに廊下の隅から熱のこもった目線を感じたと思えば、ノートに走り書きしながら俯く上級生や、やけに目を輝かせた文学部風味の男子までいて――まさかとは思うが、もう“かけ算”とかいう概念に片足突っ込んでるんじゃないだろうな。

とくに、生ものはダメだ。あれは界隈の深淵だ。


正直、そういう噂を耳にするたびに胸の奥がちくっとする。

俺が本来立つはずだった“主役の位置”に、あいつがスッと収まっているみたいで。


でも同時に気づいたんだ――彼と一緒にいると、妙に居心地がいい。

話のテンポは合うし、剣の話をするときの目付きは驚くほど真剣で、冗談を交わすときは子供みたいに軽い。一緒にいると、ふと肩の力が抜ける。

気づけば、俺の中ではもう親友って言っても差し支えないレベルだ。

……それでも、なまもののかけ算だけは断固拒否する!

(ていうか俺ら、実在してるよな? 大丈夫か俺ら!?)


でもな……!

「これじゃあまるで、ギャルゲーの主人公の……友人ポジション、そのものじゃないか……」

思わず口から漏れたその一言に、俺はひとりで頭を抱えた。


……うん、分かってる。ツッコミどころ満載だよな。

自分でも情けないとは思うよ? でもな?

ちょっとだけ、いや、かなり、悔しいんだよ!

こっちはこっちで、地道に努力してんのに!

なんであいつだけ、天然でキラキラしてんだよ!


とはいえ――


「……まあ、悪くないけどな、この関係も」


ふと、口元がゆるむ。

笑うつもりなんてなかったのに、勝手に頬が緩んでしまう。

なんか、悔しいけど……嫌じゃない。


ヴァルガスは、いつもの爽やかな笑顔で、教科書を片手に手を振ってきた。

「じゃ、またあとで」と言い残して、颯爽と次の講義へと歩いていく。


もしかすると、それが“彼の魅力”なのだろう。だから余計に腹が立つ。ああ、面倒くさい感情だ。


──まあ、今はただ、気づいたんだ。

ヴァルガスと俺は、案外馬が合う。性格は違えど、剣に向かう真剣さや、努力を馬鹿にしない姿勢は通じ合っている。だからこそ、俺は彼を羨み、でも憎めずにいるのだ。


……それでも。

こうやって肩を並べてくだらない話ができるだけで、俺はどこか救われているのかもしれない。


だって、こいつは本来、俺の前に立ちふさがるはずの“ライバル”だったのに――

今じゃ、気安く名で呼び合って、

飯を一緒に食べて、

くだらないことで肩を震わせて笑って……


だから余計に、悔しいんだよな。

あいつ、なんでそんな顔するんだよ。

嫉妬されるって……たぶん、気持ちいい。


……でも。


「――やっぱ、爆ぜろ」

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