25話 雨を嫌う少女。雷を怖がる少女。
次の日、朝のHRで担任が言う。
「よし。全員揃っているな。今日は雨だし、体調には気をつけろよ。それじゃ号令」
「起立。気をつけ。ありがとうございました」
東野の号令の声が、いつもより小さかった。そっと見た横顔には、疲れの色が滲んでいる。
辺りが騒然とし始めた。
一限目の用意をしているのだ。俺もロッカーから荷物を取り出しに行く。その時、クラスの女子の囁くような話し声が聞こえてきた。
「ねぇ知ってる? 学級委員、赤点らしいよ」
「マジ!? え、いつも学年一位だよね? あ、だからあんなに暗い顔しているのか〜」
「そ。ザマァって感じだよねー」
――東野が赤点?
現実味に欠けるその言葉に、俺は思わず耳を疑った。だって東野は、性格はともかくとして、成績優秀、容姿端麗、文武両道といった、漫画の中にいるような人のはずだ。
東野の方に視線を送ったのは、俺だけではなかった。注意して聞けば、東野を馬鹿にするような声があちこちから聞こえた。
――内心、ザマァ見ろと思ったのは否定しない。俺は東野が心の奥底から大嫌いだ。
それなのに、彼女を見ていると胸が痛む。
クラスメイトは東野を頼っていたはずだ。それなのに、少し悪い点数を取っただけで、全員が彼女を見下した。
――その態度の変わりようは、俺の目から見ても気分が悪かった。
<放課後>
「友里の様子が赤点……? 本当ですの?」
「俺も今朝、噂で聞いた程度だ。やっぱり、ありえないよな……」
放課後、空き部屋にて。俺は南谷さんに東野のことを相談していた。
ちなみに今日は雨なので凛音は欠席している。校舎にも人はほとんどいないはずだ。
「……なぜ、それをわたくしに?」
「あー……凛音には悪いが、東野たちのことは南谷さんに聞いた方がいいと思った。いじめのことも知っているし」
南谷さんを都合のよい相談役にしている自覚があったので、俺は彼女の目をはっきりと見て言うことができなかった。
そんな思いが悟られたのだろうか。
――彼女の声音が、冷たいものになる。
「佐藤さん。あなたはわたくしを誤解していますわ」
雷が一瞬光った。そのわずかな時間で、南谷さんの態度が「善良なお嬢様」から、「貴族の娘」のような、威圧感を纏ったものに変化する。
「わたくしと友里、そして綺羅は幼馴染です。
今、彼女たちが前原麗華と共に行っていることを、わたくしは激しく嫌悪しています。
でもだからといって、わたくしは"まだ"二人を嫌いにはなれません。……八方美人とでも呼んでくださいまし」
南谷さんは気まずくなったのか、目を逸らした。
彼女の言葉が、頭の中で繰り返される。『二人を嫌いにはなれない』という言葉。それが、俺には理解できない。
前原麗華は言わずもがな、西田綺羅も、東野友里も、最低な人間だ。
俺が――いや、過去に彼女たちのターゲットにされた人たちが、何をされたのか知らないのか?
前原が率先して、暴力や暴言を使う。
西田が前原を囃し立て、彼女自身も人を貶める。
東野はその現場を、写真や動画に収め、それを使ってターゲットを脅迫している。
『過ちを認め、償えば善人になれる』
――そんなくだらない言葉が俺は大嫌いだ。
「……南谷さんは、悪人は善人に変われると思うのか?」
気がつけば、そんなことを口にしていた。
聞いておいてだが、彼女になんて答えてほしいのか、俺にもわからなかった。
たっぷり数秒、時間をおいてから彼女は口を開いた。
「正直に申し上げますと、わかりませんわ」
まだ何か言いたげな様子だったので、俺はその続きを黙って待った。
「この国では『いじめ』という言葉を使われていますが、わたくしに言わせてみれば、『犯罪』と呼ぶべきだと思います。
犯罪者の中にも、自首をする者、証拠を隠して罰から逃げようとする者がいます。
――ですので、変われるかどうかは、自分の行為に気がついた者……その中の、ほんの一部ではないでしょうか」
「……つまり、人によるってことか」
「端的に言いますと、そうですわね」
変われるかどうかはその人次第。
――でも、たとえ変わったとしても、俺は東野たちを許すことは……
その時、地響きのような雷鳴が響いた。
「ひゃあ!?」と、南谷さんが可愛らしい声をあげる。
「い、今のは忘れてくださいまし……絶対、明日までに記憶から消してください。じゃないと……言わなくてもわかりますわよね?」
「いや俺何も言ってないんだが。てか、それ脅迫……」
「!? ご、ごめんなさい。つい家でのくせが……」
彼女が手をあわあわさせている時、今度は雷が光った。
「いやぁぁぁ!?」南谷さんはまた叫ぶ。
そして、また顔を赤くして「忘れなさい」と念を押す。さっきもそうだが、本気の殺意をしみじみと感じたので、俺は何度も首を縦に振った。
「わたくしは帰りますわ。――決して、雷に驚いたわけでありませんので、誤解しないでくださいまし!」
勢いよくドアに駆け出した時、また雷と彼女の悲鳴が、部屋にこだました。
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