6話 暖かい日
「……つまり、この時Xは4になるってことだ。わかったか?」
「えっと……つ、つまりXはすごいってこと?」
俺は、凛音の理解力の低さと、俺の説明力の乏しさに頭を抱えた。中間試験の結果が返ってきた次の日から、俺は凛音に、週に二、三回の頻度で勉強を教えていた。
やってみてわかったのだが、凛音は理科と英語が得意で、数学がそこそこ。社会と国語に関しては、小学生並みの理解度だった。
ひとまず赤点の教科を減らそうということで、得意教科の点数を伸ばすことにした。
中心的に教えているのは数学。理科は単元によって内容が大幅に変わるし、英語は俺が教えられない。
結果として、凛音が中間試験で十二点という成績を誇った数学の赤点回避が、最初の目標になった。
だがいざ始めようと思った時、
『期末の範囲は……二次方程式と二次関数か。凛音はそもそも、一次方程式、理解しているか?』
『……何それ。なんで一次や二次があるの? 合体して一つになってよ。もうやだ……』
と、凛音は涙を浮かべたので、現在取り組んでいるのは中学生レベルの問題だった。しかし思うような結果には繋がらなかった。
今日は曇っているが気温は高く、俺は額の汗を拭いながら思わず本音をこぼした。最近の暑さにイライラしていたのかもしれない。
「よく入学できたな……」
俺の記憶だと、入試はかなりの難易度だった。比較的受かりやすい私立高校とはいえ、どうやって試験を突破したのかと疑ってしまう。
「私、単願で受験したんだ。私立だからかな? 単願の人は点数関係なく全員合格だったんだよ」
「……そうなのか。俺は併願受験だったから知らなかったな」
ほとんど無意識に、俺の声音を下げた。俺には、思い出したくない後悔や、触れてほしくない話がいくつもある。
受験はその中の一つだった。嫌なことを考えてしまったことで、苦い記憶が蘇る。
俺は、第一志望だった公立高校に落ちた。今思えば、別にその高校に思い入れがあったわけではないのだが、その時の失敗は今も俺の尾を引いている。
だが、凛音は何事もないかのように言った。
「私、頭悪すぎてそもそも公立の選択肢がなかったんだよね。そもそも、普通に受験しても、私の学力じゃ高校に通えるわけないじゃん」
普段と変わらないマイペースさに、どうしてだか、胸が軽くなった。過去を引きずりがちな俺にとって、凛音のその性格は時に羨ましい。
ふと、いつも俺を救ってくれている感謝を言おうとした。
けれど照れ臭さと、わざわざ言う必要はないだろ、なんて余計な言葉が脳裏によぎって、結局は言えなかった。
凛音の涼しい声音が響き渡る。
「私、運だけで生き残ってきたんだ。すごいでしょ」
「……運も実力のうちだろ。てか、少しは恥じろよ」
その時、雲に隠れていた太陽が姿を現した。眩しさに思わず目を細める。
「もうすぐ夏だね。スイカ食べたい」
「食うことしか考えてないのかよ」
ほぼ反射的に返事をしつつ、手元のスマホで時間を確認する。あと数秒で予鈴が鳴りそうだった。
次は苦手な英語なので気後れしてしまう。だが俺は凛音と違って、授業をサボる勇気もない。
仕方なく、荷物をまとめて立ち上がった。それと同時、予鈴の音が鳴り響く。俺は凛音に手を振った。
「じゃあ、また会えたら会おう」
「また会いにきてね」
恒例の挨拶を済ましたあと、俺は屋上をあとにした。俺も頑張らないとな、なんて思った。
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