第14話

14


「心配したのよ」

 リコは自分より背の低い男子に言った。

「いつも部活に顔を出すあなたが今日は帰ったと聞いて」

「ごめん」

「謝ることはないわ。用事があったんでしょ?」

 二人並んで石段を降りる。真ん中に設置された手すりがとても大きな壁のように感じる。

「用事……そうだね」

 リコは少し不思議に感じた。手芸部に入る前も、入った後も日比野勇は内気でおとなしい、少女のような顔立ちをした男子だったのに、今の日比野は年相応の、いやそれ以上の落ち着きを持った印象を受けたからだ。

 ──神社というシチュエーションがそうさせてるのかしら?

 などと考えていると、足を滑らせてしまった。

「危ない!」

 素早く、日比野はリコの腕を取った。小さな体のどこにそれほどの力があるのかと思うほどだった。

「あ、ありがと……」

 石段をもうすぐ降り切るところだったと、リコ自身も手すりにすぐ掴まったので大事には至らなかったのだが、今までのどんな状況よりも心臓が高鳴った。

「大丈夫? 怪我はない?」

 こういった時の決まり文句だが、これほど嬉しい言葉をかけられて事はなかった。

 大丈夫、とか細い声で返事をしたが、日比野は言葉通りには受け取らず、

「ちょっとベンチで休もう」

 そう言ってリコの手を取り、ゆっくりとベンチへといざなった。

 リコをベンチに座らせてからも、足を痛めていないか、手を掴んでしまったけれど痛くはなかったか、と本当にあの日比野勇か、と疑いたくなるほどであった。

「あ、もう大丈夫だから。あの、ほんとよ?」

 すぐ隣に日比野がいる。小動物みたいに可愛い日比野が、あたしを心配してくれている! 日比野を抱きしめて大丈夫よ、あたしってそこまで運動神経は鈍くないわ、といつもなら言えるのに。

「そう? 大丈夫なら良かった」

 日比野はそう言って笑った。良かった、と心底思っている笑顔だった。それがあまりに眩しかったのは、茜射す光のせいだけではなかった。

「ひ、日比野くんは、何かのお願いにきたの?」

 何か話していないと、この夢のような時間が終わってしまいそうで、リコは強引に言葉を紡いだ。

「うん」

「何をって、だめね。願い事は話すと叶わなくなるから」

「そうだね」

 他愛のない会話。リコが望んでいたものだった。けれども部活中は周囲の目もあるし、何より日比野が脇目も降らずに作業をしているので邪魔をする訳にもいかず我慢していた。それが今、叶ったみたいだ。

「リコさんは、よくここに僕がいるって分かったね」

 ──当然よ。あなたのことなら何でも分かるわ!

 普段のリコならそう言っていただろう。けれど、

「たまたま、よ」

 普段の強気はどこへやら。代わりに日比野が今まで付き合ったどの男子より男らしく感じる。何だか逆転してしまったみたいだと感じた。

「あの」

 おずおずと日比野に聞く。

「聞いたんだけど、毎年、この時期にここに来るの?」

「え?」

「あの、部員の皆に聞いたんだけど、この時期になると部活を休むって聞いて……」

 いきなり過ぎたかとも思った。でも、間を置けばそろそろ帰ろうかと言われそうだったので今しかないと思ったのだ。

「あ、イヤなら言わなくて良いから。事情とかあるだろうし……ただ、ちょっと気になっただけ、だから……」

 少しの沈黙。やはり聞くべきではなかったと後悔の波が押し寄せてきた。

「リコさん。ちょっと歩こう」

 日比野は立ち上がり、手を差し出した。その手を取るリコ。小さいけれど温かい手だった。

「リコさんは、祭りは好き?」

 日比野が聞いた。その表情は逆光で見えなかった。

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