第7話

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 オブラートに包む、ということはとても大事だ。

 放課後、第二校舎──実験室や準備室が固まっている校舎で、移動教室などでお世話になる以外、帰宅部のあたしには縁のないところに居た。

 ショタ発言がリコの癇に触ったらしい。

 しかしあの食いつきよう、ショタ好きと言ってしまうのも仕方ないじゃないか、と言い訳したくもなる。

 内心でぶつぶつ文句を言っていると、少し遅れてリコがやって来た。わざと遅れてきたのだ。嫌がらせとかではなく、誰かに見られて変に誤解されないように。まあ、誰かってのは勇に見られたくなかったんだろうな。

「お待たせ」

「いえいえ」

 今まで敬遠がちだったリコを色んな意味で、そんなに遠慮をしなくていい人だと思い始めてきたので、こちらも砕けた口調になっていた。

「ひどいわ、灯野さん。あたしを少年愛好者だなんて」

そんな犯罪臭がプンプン臭う呼び方はしておりません。

「でも分かってくれたんじゃない?」

 ええ、あなたがショタであることはよっく分かりましたと心の中で呟く。

「あたしね、本当に日比野くんが好きなの」

 ショタなら勇は、弩級ストライクだわな。

「でもほら、あたしってちょっとクールな方の美人じゃない? だから我慢してたの」

 おお、今まで付き合ってきた彼氏たちが聞いたら泣き崩れ、女からしたら自己評価高すぎでウケる〜、と笑ってやりたくなる台詞だ。もっともリコなら──容姿の点では──まあそうですね、と納得せざるを得ないのではあるが。

「だけど、どんな男子と付き合っても、日比野くんが頭から離れないの。ふと視界に入っただけで、他の男なんてどうでも良くなるくらいに」

 凄い、真正のショタだった。

「え? じゃあ今まで付き合って別れては全部、勇がチラついたから?」

「勇?」

 しまった、と口を抑えても遅かった。

「昨日ね、あたしは自信があったのよ。一番仲の良さそうな灯野さんが、ただの友達関係なだけで付き合っていないって分かったから──ほら、あたしってモテるじゃない?」

 そういってポーズを取る。いちいちサマになっているのが余計に腹立つ。

「でもね、日比野くんは『考えさせてください』って雀の鳴き声のような、ちょっと甲高いけど耳障りじゃない声で保留にしたのよ」

 その形容は必要だったのでしょうか。

「これって、あなたのことを気にかけてるんでしょう?」

 告白後の朝、一緒に登校。それも好きな相手が、幼馴染の女子と。うん、修羅場になるとあの時に予測しておくべきだった。

「勇があたしを? それは勇に聞いてよ。あたしは相談を受けただけ」

 勇呼びがバレた以上、隠すこともない。

「それって日比野くんは、あなたに断ってって言って欲しかったんじゃない?」

 さあっ、と風が吹きつけた。冬の到来を知らせるような、冷たい風だった。

「たとえそうだったとしても、それは勇が決めることじゃない?」

「…………」

 リコは黙ってあたしを見つめた。あたしも負けずと見つめ返した。

「まあいいわ」

 先に目を逸らしたのは、リコだった。

「少なくとも、あなたは日比野くんに対して恋愛感情を抱いていない。今はそれだけで充分よ」

 それだけ言うと、リコは第二校舎を後にしようとした。

「灯野さん、ありがとうね。そして──ごめんなさい」

「え? なんで謝るの?」

「だって──」

 リコは振り返り、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った。

「あなたの幼馴染を彼氏にするんですもの」

 宣戦布告だった。

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