#32「正宗と小さな亀裂」
「デートなのです!?」
「ばか、違えよ。お前が呼んだんだろ」
顔を合わせて、最初の会話がそれだった。
18時50分。仕事が長引き、打ち上げの約束の店に、どうも徒歩では間に合わないと嘆くキリカから電話を受け、正宗はバイクで迎えに上がったのだった。
ところで、この子なら徒歩で間に合わずとも、飛行なりワープなり出来そうな気もする──という正宗の意見は、「そういうのやりすぎると、街の方々がびっくりしちゃうのですよ」との言い分で丸め込まれた。
「てか、キリカ先生もこんな遅くまで残業あんの? 容赦ねえな」
予備のヘルメットをキリカに手渡しながら、正宗は彼女に尋ねた。
「いえ、いつもは5時に帰らせてくれるのです。今日はちょっと、調べたいことがあって」
同い年の友人や両親に被らせることを想定した二つ目のヘルメットは、彼女には少々ゆるすぎた。正宗は彼女の後ろにしゃがみ込むと、あご紐をしっかりときつく締めた。
「あんま無理しすぎんなよ。子供なんだから」
「むっ、失礼ですね〜。子供でも先生なのですけどっ」
「子供だろ」
「ななっ! ですからー……」
また無礼な言葉をと、むすっとして振り返るキリカとは裏腹に。
「子供だよ」
何度もそう言う正宗の表情は、面白がっている人間のそれではなく。
「…………?」
居心地の悪い静寂を誤魔化すように、キリカはバイクの後ろの席に座った。
それからは、その会話がまるで無かったかのように、他愛のない雑談を少し重ね。
そして19時2分。
「悪い! 遅くなった」
「こんばんはなのですっ」
しゃぶしゃぶ屋のドアを開けると、正宗は待機している十数人の集団に軽く頭を下げた。
「あっ、浅井くん、先生。大丈夫です、私達も今集まりましたから」
幸いクラスが少人数なのもあり、大事な用を済ませてから後で来ると言っていたハル以外、参加できない者はいなかった。
「あっ、そうだ焚火」
ふと思い出して、正宗は焚火の耳元に小声で声をかけた。
「大丈夫か? 結構する店だけど」
焚火家の両親の死を含めた家庭事情までは流石に知らずとも、一人暮らしであまり財布に余裕がないことは、正宗もそれとなく聞いていた。
「大丈夫です! 友達いなかったおかげで、2年間交際費が減らずに溜まり続けてたのでっ!」
「……そっかー……」
どのみち気まずい正宗をよそに、やがて1人の店員がこちらに歩み寄ってきた。
「ご予約の槙野様ですね。お座敷の席のご用意ができました。お隣に別の団体様もいらっしゃるのですが、よろしいでしょうか……?」
「あっ、全然平気です! ありがとうございますっ」
「では、こちらへどうぞ」
「はーい」
了承すると、槙野は先頭になってFクラスの面々を引き連れていく。正宗とキリカも、その最後尾に続き。
「……あーっ!?」
「ん?」
列の先頭から何やら声が聞こえ、正宗はつま先立ちで座敷部屋の方を覗き込んだ。
「ん? やあっ、浅井!! Fクラスのみんなもッ!!」
「お前……万丈勇真!?」
そこにいたのはAクラスの勇真──だけではない。みなも、鉄砕をはじめ、Aクラスの大半の生徒が勢揃いであった。
「ここで何してんだよ!?」
「ははっ、決まってるだろッ!! 『優勝するつもりだったのに1回戦で負けちまった! こんなんもう肉食って忘れるしかねえ! の会』さッ!!」
「隣で祝勝会やんの、めっちゃ気まずいじゃねえか……」
正宗は呟き、隣の空いている席に目をやる。しかし何度見てもそこには『御予約 槙野 様』と書かれた札が置かれている、いや置かれてしまっているのだった。
「気にしなくて良いよ。私達も別に落ち込んでるわけじゃないから……はむっ」
「龍川さん、意外といっぱい食べる……」
しゃぶしゃぶ鍋から次々と肉を奪い去っていくみなもを見て、焚火が呟いた。曰く、ドラゴン化はマナとともにカロリーの消費量もとてつもないのだとか。
「寧ろ、変に気を遣われる方が迷惑だ……っと、待て見浦。その肉はあと5.5秒熱した方が美味い」
「朧木の隣は嫌ね」
肉奉行が過ぎる鉄砕を見ながらそう言った天使は、そそくさとFクラスの奥側の方の席へ。
「気にすんなと言われてもなー……」
「ちょっと難しいですよね。昼間戦ってた人達が隣の席だと」
正宗の言葉に、焚火も同意した。模擬戦とはいえ、本気で殴り合い撃ち合っていた相手とほぼ相席に近い状態に置かれ、気を許すことなど到底──
出来た。むしろ、相性は良かった。
「うん、ドラゴンの時のツノは髪の毛みたいなものかな。神経通ってるわけじゃないけど、触られたりしたら感覚で分かるから」
「へー。あのでっかい尻尾は? どんな感じなん?」
「あれは、そうだなあ……腰のあたりの筋肉が──」
Aクラスの隣の席に座る林と槙野が、みなもを始めAクラスの面々と気さくにコミュニケーションし、両者の境界線を消し去り。
「はいっ、せんせー撮るよー! せーのっ」
「にゃ〜ん! なのです」
「「可愛い〜っ」」
かたやFクラス側の席では、案の定キリカがAクラスの女子らの間でマスコット的人気を爆発させ、囲まれてチヤホヤされているのだった。
「ほら、写真も良いけど早く食べなさいな。食事中に歩き回るのは美しくないわよ」
天使が呆れながら鍋に菜箸を伸ばす。なんだかんだ彼女も常識的な人間なのだ。自己評価が高すぎること以外は。
「紫織もほら、そわそわしないの」
「わ、私も先生と写真……で、でもあのタイプの人種は……でも……」
「あとでいくらでも撮れるでしょ。ほら、豆腐食べなさいな」
焚火がキリカ発作を起こさないようなだめつつ、天使は彼女の器を勝手に取って小さな木綿豆腐を盛る。ほぼお母さんである。
「……」
「あら? 浅井、様子が変ね? もしかしてあなたもあの子らに妬いてるのかしら?」
その傍ら、隣人がやけに静かなことに気付くと、天使は少しニヤつきながら彼に尋ねた。
「……そういう訳じゃねえ」
「? 本当にらしくないわね。思うところがあるなら話してみたら?」
彼の手厳しいツッコミを受け続けてきたが故に分かるのか、はたまた面倒見の良い一面を持つが故か。天使のその指摘は、実際のところ、正宗にとって図星であった。
「良いよ。ここで言うことじゃねえ。ありがとな」
──駄目だ。やはり、二人きりで話したい。
そんな思いを一旦飲み込もうと、正宗は手元のグラスいっぱいのお茶を口に入れた。
「では先生、また明日!」
「はーい。気をつけて帰るのですよ〜っ」
2時間後。ひと足先に終了の時間を迎え解散したAクラスに続き、Fクラスの面々も各々の帰路へ着く。焚火に手を振ったキリカは、ある1人の以外全ての生徒が帰って行ったのを見届けると、うんうんと頷いた。
「さて。わざわざ帰りも送ってくれるのはありがたいですが……どういう風の吹き回しなのですか? あーっ、もしかして先生ともっと話したいとか? きゃ〜ん、夜はこれからというワケなのですねっ……♡」
「聞かせてくれ。忘れちまおうかとも思ったけど、やっぱりどうしても聞きたいんだ」
「? 正宗……くん?」
いつもの悪口が来ると思っていた。それに対して自分が怒って、それを更に軽くあしらわれたりして。そんないつもの問答が始まると、キリカは思っていた。
だけど、彼の面持ちは真剣そのものであった。
「ずっと聞きたかったんだ……お前、昼間言ってただろ。一人、殺しちまったって」
それは暴走したハルを救出する際、キリカがふと漏らした言葉だった。
「ああ……そのことですか。あれはちょっと語弊があるのです。色々なことがあって、結果的に私が足を引っ張ってその人を死なせてしまったという意味で……本当なのですっ」
「別に人殺しとか疑ってんじゃねえよ。お前はそんなことする奴じゃないって分かってる。聞きてえのは、その『色々』ってのが何なのかだ」
「……あのー、前から気になってたのですが。仮にも先生のことを『お前』という呼び方は──」
「話を逸らすなッ!!」
「っ……!?」
キリカの両肩がぴくりと震える。彼には叱られたこともあった。調子に乗って、頰をつねられたこともあった。
だけど、憤りをぶつけられるのは、初めてだったから。
「前に先生のうちへ行った時、全部話してくれたと思ってた。けど、まだ隠してることが沢山あるんじゃねえか……なんで教えてくれないんだよ!」
「……教える必要が、無いのですよ」
顔を伏せて、キリカは答えた。
「んだよ、それ」
そしてそれは、正宗にとって、答えになっていなかった。
「必要ねえわけねえだろうが!! 俺はお前を信頼したい!! 焚火はお前のことを本気で想って、あの日からずっと本気で気にかけてる!! アイツだけじゃねえ、Fクラスのみんながお前のことを大事に想ってんだよ!!」
正宗は我慢ならなかった。
自分は彼女に胸の内を明かしたのに。彼女に救われたのに。そのことに少しでも報いたいのに。きっと仲間達も、同じ気持ちなのに。
彼女が自分達に、何も託してくれないことが。
「あの時のお前は、どこか辛そうなツラしてたじゃねえか!! 何か抱えてんなら俺達に預けてくれよ!! お前は……まだ、子供じゃねえか!!」
最初からそうだった。
浅井正宗にとって、桜キリカは尊敬すべき人物で。友人ともいうべき存在で。
そして、自分よりずっと歳下の、本当なら自分が守らねばならない少女。守りたい存在。
「…………良いのです。そんなことを思う必要は、少しもないのですよ」
だけど、手を伸ばしても。
「先生ときみ達は、辿ってきた道も、今いる場所も、全然違うのですから。比べ物にならないのですから」
彼女は、その手を掴もうとはしなかった。
「……なんだよそれ!! ああ、確かに俺達弱えよ!! お前と比べればずっと弱え!!」
「!? そういう意味では──」
「だったら、何が言いてえんだよッ!?」
それは──そう呟いた、その先が何も浮かばない。
そうして静寂が流れて。
「……いえ、ごめんなさい。送りは大丈夫なのです。今日はお互い、頭を冷やしましょう」
キリカは目も合わせることなくそう言うと、自身の足元に魔法陣を作り出した。そして、彼女の姿は足元から順に消えていった。何かしらの移動手段なのだほうということだけが、正宗には分かった。
「では、また明日」
寂しげなその声を、正宗は聞き流し。
「…………馬鹿か、俺は」
ちくりと痛む胸に居心地の悪さを覚えながら、バイクのヘルメットを被った。
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