#30「Fクラスと決着の時」
「ふぃー……それじゃあ、先生はまた出て行くのです。正宗くんっ」
「ん?」
白い光の魔法陣──自前のテレポート魔法に包まれながら、キリカは正宗に声をかけた。
「綱渡りですが、私達はここまで来ました。あとは君次第なのです……泣いても笑っても、きみが帰ってくる場所は、ちゃんとありますからね」
「おう。待っててくれ」
そんな言葉を交わした、その傍ら。
「天使さん、お願いがあるんだけど」
「え?」
戦いを見届けようと端によけようとした天使を、ハルは呼び止めた。
「……もう一度戦え、だと?」
固有魔法"癒天使"によって傷を治された鉄砕は、ハルからの頼みを思わず聞き返した。
「勝手なお願いなのは分かってるけど……あんな勝ち方じゃなくて、自分の力で君と戦いたい。君が言ってた"僕らは努力なんてしてない"ってやつ……あれは正しいのかもしれないけど、それだけじゃないんだって証明させてほしい。だから──」
「一つ訂正しろ」
自分の言葉に食い入るような鉄砕の発言に、ハルは一瞬肩を震わせたが。
「"あんな勝ち方"と言ったか? 俺はまだ負けを認めたつもりは無い。認めないさ、先にお前が"その件"を認めるまでは」
厳しく鋭く、だがまっすぐに自分を見てくれるその目に、快諾の意思を感じ取り、ほっと息をついた。
「天使さん、危ないから下がってて」
「でも、あなたも傷が──」
「大丈夫」
後ろを振り返り微笑むと、天使は不安げながらも頷き、数歩後ろに退いていった。"自分の力で"と言いながら彼女の助けを受けるのは、道理が合わないとハルは思ったのだ。
「"ビースト"!」
ハルの詠唱とともに、再び彼の体が黒いオーラに覆われていく。彼の体の上から被さるように、外郭の如くマナが形作られていく。
(……先ほどのデカブツと違う……いや、その前のやつとも違う──?)
はじめの、ただ猫耳と尻尾が生えた姿とは違う。首には闇より暗い漆黒の毛で編まれたマフラーが。その身には銀色の牙の装飾がなされた、真っ黒な外套が。
そしてその黒い髪は風になびくほど長く伸び、真っ赤に燃える瞳が鉄砕と見合った。
「成程。口だけではないらしい」
「うん……行くよ」
その言葉の直後、刹那のことだった。
「……ッ!?」
胸に走る痛み。
何だ。
切り、傷?
「速ッ……チッ、"砕"ッ!!」
呆然としかけたが、鋭い痛みのおかげでなんとか我に帰れた。"何らかの攻撃を受けた"とだけわかっていればいい──と、鉄砕はすぐに思考を切り替え、ハルが一瞬にして駆け抜けていった自分の背後へ、鋭い正拳突きを放った。
「いない!?」
だがそこにはすでに人影が、いやその影すらも無い。
しかし、背後で砂が擦れる音を、鉄砕は聞き逃さなかった。
「そこか!!」
今度は逃がさない。鍛え上げた肉体から、渾身の回し蹴りが放たれる。あちらの攻撃よりも速い、今度は逃がさない。
「ッ!?」
そう思っていた鉄砕の右足は、空を切った。
「上……がっ!?」
左肩に強い衝撃。上空を飛び越えてきたハルのカウンターの蹴りを受け、鉄砕は大きく横へ吹き飛ばされる。
「ッ……ならばッ!!」
だが、その程度で臆する鉄砕ではなかった。今度は地面に力強く、右の拳を叩きつける。鋭い痛みを耐えながら放つその拳は、地面を一瞬にしてひび割れさせた。そして。
「伸びろッ!!」
「!?」
地面の岩石の塊がメリメリと、柱となって上空へ飛び出してきた。
("砕"は全てを砕く魔法……砕くとは即ち、固形物への干渉! "砕き方"を調整すれば、こんな芸当もできるッ……!!)
鉄砕の思惑を読みきれなかったハルは、未だ上空にいて身動きが取れない。そこへ前後左右、四方から飛び出してきた岩の柱が、彼を押し潰さんと襲い掛かってきたのだ。
万事休す。
「……それでもッ!!」
以前の渡会ハルならば、そうして諦めていただろう。
「うおおおおおおおおッ!!」
だが、今は違う。
鉄砕の魔法が、全てを砕く破壊の力ならば。
「貫けえええええええ!!!」
ハルの"ビースト"は、その黒夜の鉤爪は。
「何ッ……!?」
全てを貫き真っ直ぐに突き進む、進撃の力である。
空中を蹴ったハルは、そのまま鉤爪で前方の岩を切り裂き、鉄砕へと急接近した。
(今までの僕は、"変わりたい"なんて曖昧な思いしか持ってなかった……だから、僕の中の過去に、闇に負けた……でも今の僕には、確かな"願い"があるから……!!)
次の一撃で決める。
(浅井くん……正宗と、この大会で勝ちたい。ウタに……もう一度会いたい! だから僕はもう、過去なんて振り返らない……進むんだッ!!)
そしてハルは、両手をクロスさせた。
「まだだ……絶対に負けられん!! 友のために、俺自身の誇りのためにッ!!」
地面を踏み締めた鉄砕も、右の拳を強く天へと突き上げる。渾身の、最後の"砕"。
「「はあああああああああああッ!!」」
刹那の交差。
「……ぐはっ……!!」
先に倒れたのは、ハルだった。すれ違いざまに受けた拳は脇腹に強く突き刺さり、着地もできずに彼は地面に転がり込んだ。
「……ま、だ……っ」
まだだ。負けられない。変わりたい。勝ちたい。
「…………すまなかったな」
そうして視線を上げた先で。
「この一撃は確かに、お前の長い葛藤と……そして、足掻いてきた証だ」
振り向き満足げに微笑む、宿敵の顔。
そして。
「…………っ」
ハルの渾身の一裂きを受け、静かに倒れる彼の姿を見た。
「………………勝った。勝ったよ、正宗」
小さな声で告げると、ハルの意識も疲労の闇へと溶けていった。
「よしッ!! こっちも始めようかッ!!」
勇真の声に頷くと、正宗は痛む体に鞭を打って立ち上がった。問題ない、負傷のハンデなど根性でカバーすれば良い。
「手加減するつもりは無いよッ!! それは真の勇者のすることじゃないッ!!」
「勇者……ずっと言ってるよな。それがお前の目指してるモンなのか?」
気になっていたワード。この試合中に触れる機会は、もう無いだろうから。
「ああッ!! 誰よりも強く優しくなって、今この世にある貧しさも、争いも、悲しみも全部全部なんとかして、世界中をめいっぱい幸せにした時に、そこで見える景色を僕は見たいッ!! 誰もが笑ってる世界なんて、きっと言葉にならないほど嬉しいじゃないかッ!!」
「へえ……大層なもんだ」
馬鹿みたいな、子供のような夢。だが正宗は、それを笑いはしなかった。感心していた。世界を本当に救いかねない強さを持つ彼が、それに相応しい最高の夢を持っていることに。
「君はどうだいッ!? ここで戦い抜いた先で、何になりたいんだいッ!?」
「俺は……」
自分はどうだ。今、この胸にあるものは何だ。
「……俺はお前ほど、お偉い人間じゃねえさ。だけど」
それは彼のように、正義に満ちた大層な願いではない。
「大事な奴らのために、あいつらと一緒に変わっていくために、死に物狂いで戦い続ける。それが俺にとって正しいことで、やりたいことだ」
だけど、大切な願いだった。
「だから、ここでお前に勝つ。そのために考えたことがある」
そう言うと、正宗は左胸に、拍動する心臓に手を当てた。
(コイツには"消虚"が通じねえ。マナが濃すぎて壁になって、俺が流し込むマナが弾かれる。それなら、体の中まで貫き通せば良い)
先程の経験を思い出して。
そして、頭の中で鮮明にイメージして。
静かな心で。
「──"
政宗の胸元から、激しい光が漏れ出した。
「これは……ッ!?」
警戒し、勇真は銀の剣を構えた。
そして、正宗が発する光が収まっていき。
「待たせたな」
その手には、純白の刃が。
一本の刀が握られていた。
"心刀・正宗"。固有魔法に恵まれない代わりに、体内マナの操作という類い稀な才能を与えられた浅井正宗の、その技術の究極系。彼の操作精度は、非実在物質とも言われる質量を持たない物質であるマナを圧縮させ、その質量化を可能にしてみせた。
「剣には刀ッ!! 面白いよ浅井ッ!!」
そう語る勇真の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。それは勇者の誇らしい面持ちというよりも、ライバルと出会えた年相応の少年の喜びと武者震いであった。
「"SP"を全部使う!! 渾身の超強化だッ!!」
『HP:270/270
SP:0
ATK:121→402
DEF:95→355』
固有魔法によって強化された勇真は、桁違いの威圧感を放った。それでも正宗は臆することなく、その心に宿った刀をがっちりと握りしめる。
(一撃だ。次で仕留めなきゃ、俺の体がもたねえ)
あちらは万全の状態。こちらは外せば終わり。
0に近い勝算。
だけど、0じゃない。奮い立つ理由はそれだけで十分だった。
「最後の勝負だッ!! 浅井ッ!!」
「うおおおおおッ!!!」
地面を蹴り、急接近する両者。決着の時の接近に、心臓が嫌に高鳴る。それでも、渾身の一撃を信じて叩き込むのみ。
勇真は下から切り上げ、正宗は振り下ろす。刃が接近する。
『ガンッ!!!』
重なり、想いの音が弾けて世界に響く。
『バキッ……!!!』
砕け散る。
"心刀・正宗"が、粉々に。
ぶつかり合いを制したのは、勇者の剣だった。
(終わらせるッ……!!)
このまま剣を叩き込む。勇真は正宗の刀を砕いた勢いのまま、今度は刃を振り下ろす。
だが。
「……まだだァッ!!」
正宗は叫び、右手を強く突き出した。
再び生まれる。急速に、確かにそこに。
「再生ッ……!?」
心の刀が。正宗の意地の結晶が。
「らああああッ!!!」
今度は、勇者の剣が砕かれた。
再生は叶わない。己のマナひとつで刀を生み出す正宗とは違い、勇真の剣は自然物体の媒介を必要とするからだ。
そして。
「うおおおおおおッ!!」
「!?」
切り裂く。横一直線に。
刀傷は浅い。だがそれは確かに、勇真の体に届いた。
彼の莫大なマナの壁を、切り裂いて破壊した。
『DEF:0』
流し込んだ正宗のマナが、その固有魔法を破壊した。
ならば、やることは一つだ。正宗は刀を手放した。
浅井政宗の、最も得意とする技。
「……"消虚"!!!」
真っ直ぐなその拳が、勇真の顔面に突き刺さった。
「正宗くん!? 正宗くんっ!!」
通信デバイスに耳を当てながら、キリカは不安げに何度も名を呼んだ。激しいマナのぶつかり合いの余波によって、激しくノイズが走り、通信が使い物にならなくなっていたのだ。
だが数秒経ってようやく、声が聞こえてきた。
「…………おう。勝ったぜ」
「……!!」
2年Aクラスのリーダー撃破により。
第一試合勝者・2年Fクラス。
「おー。勝っちゃったよ? 落ちこぼれクラスなんじゃなかったっけ?」
「不可能ではないさ。Fクラスには"あいつ"がいる」
「あー、シルバーの弟くん? まあその子も気になるけど……それより、噂はホントだったね♪」
「ああ。例の被験体……桜キリカは発見した」
戦いの舞台から、遠く離れた陰の中。
「必ず奴を抹消する。俺達で"最後"にするために」
男は静かに、冷酷にそう告げた。
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