#24「焚火とともだちの力」

「おっ……水みっけ」


 とある廃屋を捜索しているうちに、林は風呂場の浴槽に水が溜まっているのを見つけた。ゴミが浮いてはいるが、ほぼ透明な水。先日の大雨で、三角屋根を伝って流れた雨水が、天井の穴から落ちてここに溜まったようだ。


「まーさん、なんか見つかったー?」


 林は台所の槙野に話しかけた。


「でかい鍋とかタライとかあったよ。あとは網と、裏庭の倉庫に薪がいっぱい」


「おっけー、じゃいけるね」


 すると、床に置かれた薪を丁寧に組み上げつつ、彼女はポケットからライターを取り出した。


「じゃ、取り掛かりますか」


 それは紛れもなく、勝利のための一手であった。






「飾さん!」


 槙野らと別れ、単独で戦場に駆け戻ってきた焚火は、建物の壁に横たわる飾光の姿を見つけ、その名を叫んだ。


「ああ、焚火くん……問題ない、軽傷だ。ただマナがもう無くてね……申し訳ないが、これ以上は」


「大丈夫です! あとは任せてください」


 そうして焚火は、再びみなもの巨躯を見上げる。やはりその身には傷一つ付けることが出来ていないが、そのことで飾を責める気は到底無かった。


(皆、懸命に役目を果たしてくれている……ここで彼女を倒すのが、私の役目……!)


 焚火はポケットから、銀色のライターを取り出した。火を付けると、一瞬にしてそこに巨大な火柱が立った。その特製改造ライターの灯火に、焚火は指先を伸ばす。


「"紅の迷い子"ッ!」


 焚火の詠唱と共に、火の玉が高速でみなもの胸元へと飛んで行った。


「効かないよっ」


 みなもは告げると同時に、前足を地面に強く叩きつけた。振動の直後、地面から噴火のように水流のカーテンが飛び出し、火の玉を跡形もなく消し去る。


 だが、それを焚火は分かっていた。だから彼女は、そのカーテンを逆に利用して姿を隠し、その横をすり抜けてみなもの足元へ接近していた。


「"シュトナ"ッ!」


 詠唱した焚火の右手から、今度は紫に輝く光球が放たれた。


「当たって……!」


 みなもの胸の青い結晶体目掛けて、標的を貫く弾丸のように飛翔して行くその玉に、しかし巨大な影が覆い被さった。


 再び地面から水流が吹き出し、みなもはその水を操って、魔法の光弾を包み込んで殺したのだ。


(胸元を狙ってくる……私の弱点に気付かれてるの? だったら……!)


 ならば、形勢を覆される前に決めに行く。


 守りを固めていたみなもは、突如として水流のカーテンを停止させ、自身の姿勢を低くした。


「!?」


「大怪我したら、ごめんねッ……!!」


 そのまま翼をはためかせ、彼女は地面すれすれの低空飛行で焚火に迫った。


 まるで飛行機が突っ込んでくるような感覚。先読みもしていなかった焚火に、回避できる攻撃ではない。


 そうして水を纏った前足の鉤爪が、焚火の身に襲いかかった。


「ッ、きゃああああああっ……!?」


 水が間に挟まっているおかげか、血肉をえぐられるようなダメージは無かった。しかし水圧のボディブローをかまされ、吹き飛ばされた焚火は、建物の壁に衝突した途端、耳鳴りと共に視界が真っ白になりかけた。


「がっ……ぁ」


「焚火さん! 無理してはダメだ、きっと今のは骨まで……!」


 飾が叫ぶ傍ら、背中を襲う激痛に耐えながら、なんとか床に手を突く。そしてどうにか起きあがろうと、焚火は震える腕に力を込めた。


「よし……場外に連れて行くよ。抵抗しないでね」


 みなもは焚火の元へ近付くと、焚火を捕えようと、細い尻尾をそっと伸ばしていく。


「……"シュトナ"……!!」


「!?」


 一つ誤算だったのは、焚火がまだ戦意を失っていないことであった。


「しまっ……うああっ!?」


 咄嗟に放たれた攻撃を、みなもは回避しきれず、ドラゴンの体の中心で輝く青い結晶体に、紫の光弾が衝突した。


「っ……」


 光弾が小爆発を起こすと、それに巻き込まれたみなものコアには一筋のヒビが入り、彼女は初めて狼狽する様子を見せた。


「はっ、はっ……!」


 一方の焚火も満身創痍なまま、根性だけでむりやり立ち上がる。


「紫織!! "癒天使ラファエラ"ッ!!」


 そこへ駆けつけた天使は、慌て気味に固有魔法を詠唱した。光を纏った青色の天使が現れ、抱擁するように焚火の背中に接触すると、彼女の背の痛みはすぐさま引いていった。


「させないッ!」


「!?」


 全回復──それはこのまま押し切りたいみなもにとって、絶対に打たせたくない一手。だから彼女は天使目がけ、水流のブレスを放った。回復に集中していた天使には、それを回避することは叶わず。


「天使さん!!」


 逆に、焚火にはその攻撃に気付き、天使を突き飛ばして回避させる時間的余裕があった。


「ぐっ……がはっ」


「紫織!!」


 自分の代わりに水流に吹き飛ばされ、再び廃屋の床を転がった焚火に、天使は涙ぐんだ声を上げた。


「っ、まだ、です……! 天使さんのおかげで、もう怪我は治りましたっ……!」


「"癒天使"じゃ体力までは回復しないじゃない!! もうやめて紫織!! あなたが降参したって、誰もあなたを責めないわよ!! だから!!」


「……それでも、私はみんなで笑いたいッ……!!」


 そう言い放って前を見据える焚火の瞳には、赤く燃ゆる炎が宿っていた。




『あなたのせいよ!! あなたの……お前なんかを引き取ったせいで!! この化け物!! 魔女!!』


 "紅の迷い子"の操作ミスで自宅を燃やしてしまった時、少女は育て親にそんな暴言を吐かれた。


『焚火さんってさー、何にも喋らないしノリ悪いよね』


 自分は何もしてはいけないんだ──そう思って沈黙を貫いていた時、少女はクラスメイトにそんな陰口を言われた。


『ほら、ほらっ! なんか言えよー!』


『無理無理。こいつ、口ついてないし』


 腹や背中を蹴られる痛みを味わいながら、不登校になる前日、少女はそんな言葉と嘲笑を聞いた。


『……あっ、初めましてなのです焚火さん! 2年生になったあなたの担任になりました、桜キリカと申します!』


 少女が不登校をやめるきっかけになった、その小さくて可愛らしい担任は、少女を心から信じているような、純粋な目をしていた。


『先生……どうして毎日、うちに来てくれるんですか?』


『もきゅもきゅ……んー? それは勿論、先生が焚火さんの担任だからなのですっ』


 彼女がいたから、焚火紫織は前を向けた。


 そして、正宗に出会って、自信が持てるようになって、友達が増えて。そのすべてのきっかけが、桜キリカだった。


 だから、言いたかった。この勝負に勝って。


 "あなたのお陰で、こんなに強くなれた"と──。




『しおりん!!』


 無線から声がした。一瞬びっくりした後、それはそうだと、焚火はふっと微笑みながら思った。何故なら、彼女に"準備ができたら連絡を"と頼んだのは、他ならぬ焚火紫織なのだから。


「その建物の二回で待機して、私の合図を待ってください」


 その無線に、焚火は小声で返答した。


「天使さん!」


「な、何?」


「チャンスが来たら、思いっきりかましてください。天使さんならきっと出来ると思います」


「? えと……ま、任せて頂戴!」


 廃屋の隅で天使は頷いた。


「龍川さん!!」


 叫び、焚火は駆け出す。


「これが、最大の一手ですッ!!」


 外へ飛び出すと、みなもの目の前で、焚火は右手をまっすぐに掲げた。


「!」


 何か来る──悟ったみなもは、両前足を地面に叩きつけた。これまでで1番の量の水流が、辺りを覆い尽くしていく。


 無尽蔵に生成できる水。それが、彼女の最大の武器である。


「何をしようと、あなたの"火を操る魔法"は、これで……!」


 大量の水は細かく分散し、大雨のように周囲に降り注いだ。それを浴びながらも、焚火は立ち止まることなく、みなもの巨大な体を迂回して駆け抜け、隣の廃屋へ飛び込んだ。


「林さん、槙野さん!」


「はいよっ!」


 その廃屋の2階に隠れていた2人は、合図とともに立ち上がり。


「それっ!!」


 そして、大きな鍋と大きなタライを横倒しにした。途端に、中に入っていた液体が一気にこぼれ落ち、どしゃあっと階段の下へ流れ、床に10センチほど浸水した水と混ざり合っていく。


 ただしその液体は、茹だった熱湯であった。


(龍川さん……私の"紅の迷い子"は、火を操る魔法じゃないんです。そのタイプの魔法の場合、ライターなんて必要なく、無から火を生み出せる場合が殆どです。私は違う)


 熱湯は水の中に完全に溶け込み、その熱を失った。


「"シュトナ"!!」


「無駄だよ、焚火さん! 辺りの水は全部、私の支配下に……」


 ──否。その水の塊は、まだ熱を失ってはいなかった。


 焚火の渾身の"シュトナ"を、みなもは自身の胸に届く寸前で、再度水のカーテンを作り出して防いだ。


「!?」


 穴。その水のカーテンに、突如として丸い空洞が開いた。焚火の"シュトナ"の通り道を作るかのように。


「私の"紅の迷い子"は、"一定の熱を持つあらゆるもの"を操る魔法なんですッ……!!」


 熱湯だ。


 みなもは自身が生成した水を、自在に操ることができる。だが、林と槙野が持ち込んだ熱湯は、元々は自然に溜まっていた水。故に、高温の熱湯の状態であれば、支配権はみなもではなく焚火にあった。


(焚火さんは、私の水のカーテンを内側から押し流した……熱湯が水に冷やされる前に、このカーテンの中に混ぜ込んで!?)


 焚火の放った光弾は、水のカーテンの空洞をすり抜けた。


 そして、一筋の弓が敵を貫くように。


「くっ、ああああああああっ!?」


 "シュトナ"はみなもの胸部の結晶を深く抉り、爆発の衝撃でその身を吹き飛ばし、廃ビルの巨壁に叩きつけた。


「や、った……?」


 ふらつき、頭も痛む中、なんとか立ち続けながら、焚火は呟く。どうにか勝てた、と思いながら。


「…………まだだよッ!!」


 それは、甘い見通しだった。


「うまく、やられちゃった……この体も水流も、もうこれ以上操れないけど……だけど、これならッ!!」


 コアに大打撃を受け、壁によりかかったみなももまた、焚火同様に執念でダメージを堪えながら、鋭い牙の生えた口を大きく開いた。


「勇真のために……Aクラスの"エース"として、負けるわけにはいかない……!」


 その口に、見たことのある紫色の輝きが集まっていく。


「あれ……"シュトナ"じゃん……!!」


「しおりん、逃げてっ!!」


「っ……足が、もうっ…………」


 槙野と林が叫ぶ中、両足の震える焚火は動けなかった。ドラゴンの首は、完全に彼女の方を向いている。彼女にはもう、対抗手段は無い。


「……私も、龍川さんと同じです。私も負けられない……だけど、私は一人じゃない……!」


 "彼女自身には"、対抗手段は無かった。


「天使さん!! 今ですっ!!」


 だから、友の名を叫んだ。


「何を──」


「あら、随分招待が遅いじゃないッ!!」


「えっ……!?」


 呆気に取られたみなもの頭上に、突如小さな人影が飛び出す。


「そうよね。トドメはいつだって、一番美しい子が決めなくちゃ」


 言い放ち、建物の屋上から勢いよく飛び立った天使は、逆さになりながらも、その両腕を落下地点のみなものコアへと向けた。


 Fクラスの戦闘要員は、正宗、ハル、そして焚火の3人。だが、Aクラスの面々は気付いていなかった。


 天使もまた、固有魔法の使い手──すなわち体内マナ量もその出力も高く、戦力と数えて申し分ないことに。


「"シュトナ"あぁぁーーーッ!!!」


 "神の子"の、この試合で唯一にして最大最強の攻撃。


 その光弾は、天からの雷鳴のように降り注ぎ、爆発し。


「っ!? きゃあああああああああーっ!!!」


 ドラゴンの急所たる胸の結晶を、粉々に砕き割った。






「……けほっ、けほ……」


 激しく巻き起こった煙が晴れた先で、焚火が目にしたのは。


「……ねえ、この子死んでしまったのだけど……あ、ごめん嘘、息してるわ」


 気を失ったみなもを抱えながら歩いてくる、友の元気そうな姿であった。

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