#11「正宗と立ち上がれる理由」

「浅井くん!」


 正宗が学ランの埃を落としながら振り返ると、そこには窓を乗り越えて部屋に入ってきた焚火の姿があった。


「大丈夫ですか? 浅井くんも喰らったように見えましたが」


「このくらい問題ねえよ。焚火、火の玉は今出てる分で全部か?」


「はい……これ以上は出せません。私が操れる個数は、今、周りの人たちを牽制してる分までです……手伝えなくてすみません」


「良いんだ。周りの奴らを抑えながら、天使を助けてやってくれ」


 そう指示する正宗の頬が少し切れているのを、焚火は見逃さなかった。よく見ると、さっき正宗が"シュトナ"を放った辺りの床が吹き飛び、その木片が周囲に散らばったのが分かる。


「……わかりました。気をつけてください」


 そんなシュトナの爆発に自ら巻き込まれた正宗も、問題ないとはとても思えない──だが、焚火は頷くと、天使の元へ向かった。


「天使さん! 鼻血が……」


「ッ……平気よ。ありがとう」


「さ、槙野さんも」


「……ん。ごめん」


 焚火は天使の縄を解くと、2人肩の手を引きながら部屋の端の方へ離れていった。


「テメェ! 勝手なことを……ッ!?」


「あなた達は動かないで。制服は買い直すと高いですよ」


 焚火の動きに気が付き牽制しようとした取り巻き達を、彼女は逆に火の玉で牽制した。手を介さずとも、思念一つで熱が向かう方向、火炎の位置を操れるのだ。


 取り巻きは5人。横に歩いて火をかわそうとする者もいるが、火の玉はそれに完璧に追いついている。部屋の端から空間全体を見渡せているこの状況なら、1人の動きも見逃すことはない。


「……この、クズが……!!」


 従って、正宗は漸く起き上がってきた田辺と、完全に一対一の戦場を確保することができた。


「諦めろ。クラスがどうとか関係ねえよ。"お前"が"俺"より弱えんだ」


 鼻血を出しながら激昂する田辺と、同じく負傷しながらも冷静に拳を構える正宗。


「はあああああっ!!」


 先に動いたのは正宗の方だった。勢いよく駆けるその視線の先に、出遅れた田辺の焦り顔が映る。


「ぐっ……さ、させるかッ! "空操"ッ!」


「がっ……!?」


 だが、振り下ろそうとした拳は届かない。


 正宗の首が締まった。今度はさらに強く。危うく、首の骨が砕けそうになるほどの圧力。


「……らああああああッ!!」


 だが、それでも正宗は踏ん張り。


「はぶぅっ!?」


 田辺の顔面を、鋭く蹴り上げた。


「すごい……酸欠になるのに、どうしてああも動けるの……!?」


「そうじゃないんです」


 止まることのない正宗の姿に驚く天使の傍ら、焚火は冷静に戦場を見ていた。


「確かに田辺さんに首を締められることで、酸欠になり浅井くんの動きは止まってしまう……ように見えます。でも実際のところ、首が絞まった瞬間に完全な酸欠に陥ったりはしません。肺にはさっきまで吸っていた酸素が、しばらく残ってますから」


「だとしても、急に首が絞まったら動けなくなるものなんじゃ……」


 焚火が語る中、正宗は蹴り上げた田辺めがけて拳を振りかざす。


「げあああっ!?」


「だらぁッ!!」


 咄嗟のことで"空操"を出せなかった田辺の腹に、正宗の鋭い拳が突き刺さった。


「ショッピングモールの時間の時もそうでした。浅井くんは勇敢で、フィジカルも強い。何があろうと絶対止まらない……!」


 彼女の目に映る友の立ち姿は、あまりに勇敢で。


(固有魔法が無いって言ってたけど……浅井くんはきっと、下手な固有魔法の使い手より遥かに強い!)


 彼が敗北するビジョンなど、まるで見えなかった。


「クソッ、クソクソ……槙野もあの宗教女も! お前も!! 何故Fクラスなんかにこの俺がッ……!?」


「分からねえだろうさ……そうやって人の格を決めつけて、高をくくってるテメェにはッ!!」


 田辺は怯みきっている。だがこちらも、先のシュトナの自爆ダメージが体に響いている上、数秒酸欠状態にされたことで頭が痛くなってきた。次で仕留めなければ──正宗は決着をつけるべく、再び地面を蹴った。


「イカれたカルト女でも、どんだけ捻くれた奴だろうと……アイツらなりの思いが、アイツらだけの夢があるんだよッ!!」


 首が絞められようが関係ない。自分が倒れる前に、奴を倒す。正宗は右手を強く握りしめた。


「……まだだァ!!」


「何っ……がっ!?」


 締め付けられる。首──じゃない!?


「ぐっ、がああああっ……!?」


「浅井くんっ!!」


 全身の関節に響く激痛。プレス機で四肢を押しつぶされたような苦痛が、突如として正宗の体に襲いかかった。


 首を絞められても殴るつもりだった。だが、これでは──全身を空気に圧縮され、骨が歪んで全身骨折した、この体では──!!


「ぎ、が、あああああ……!?」


 正宗は天井を見上げながら、苦悶の声を上げる。その体に力は入っていないが、地面に倒れることはない。否、全方向から体に圧力がかかり、倒れることすらできないのだ。


 彼にできるのは、その場に立ちすくみ、骨を押し潰される地獄の苦痛を受け入れることだけ。


「くっ、ははは……全身空気圧に潰される気分はどうだ? この広範囲と高出力じゃ秒でマナ切れになるから、本当の本当にとっておきなんだが……どうやら勝負あったな! くははははっ!!」


 田辺は今、全身に感じている。喉が渇いたり、腹が減ったりするのと似た感覚、"体内のマナが枯渇する感覚"を。つまり彼はもう、しばらくの間魔法を使えない。


「っ! がっ、ぐはっ………………あっ」


 だが一方で、正宗はもう動くことすらできない。マナ切れで"空操"が切れ、苦痛から解放されたは良いが、全身骨折して動けない状態。今にあそこに倒れ込み、気絶し、田辺大輔の勝利は確定──


「…………頑張れ!! 浅井ッ!!」


「何?」


 しない。まだ、決着はついていない。


 突如響いた高い声。そちらへ田辺が振り向く。それは、外から部屋の窓際に駆けつけた、黒髪の少女のものだった。


「林さん!」


「……由果……?」


 焚火と槙野が、同時に声を上げた。


 ついに駆けつけた、林由果の姿をその目に映して。


「なんだ、雑魚が一匹増えただけか……」


「…………おう。林」


「なっ……何ぃ!?」


 視線を戻して、田辺は自分の目を疑った。


 立っている。


 あの化け物は、両足を折られているのに、両足で立っている。


 骨が砕けた右腕で、パンチの姿勢を取っている。


「くっ……空そっ…………あっ」


 出ない。出るはずもない。


 田辺の体内にはもう、魔法に必要なマナが残っていない。


「っ、ああっ……」


「ぎっ……がああああああっ!!」


 狼狽える田辺目掛け、正宗は激痛を堪えながら、ボロボロの足でわずかに、しかし確かに地面を蹴った。


 距離が詰まる。ミスを犯して思考が止まった田辺には、もう防御も回避もできないゼロまで接近していく。


「だあありゃあああああああーーーッ!!!」


 刹那の一撃。その場にいた全員が、確かに見届けた。


「がぼべあぁぁぁっ!!!」


 不良少年と蔑まれ続けてきたFクラスの生徒が、Cクラスのリーダーを殴り飛ばす、その瞬間を。






「浅井。ほら、早く起きなさい」


「……っ」


 倒れそうになった正宗は、天使の腕によって支えられた。


「全く、とんだ化け物ね。両足折れたのに走れるなんて」


 天使は話しながら、正宗をそっと寝かせ、その頭を自身の膝の上に乗せた。


「っ……話しかけんな、寝かせろ。痛すぎて死にそうなんだよ」


 奇怪なオカルト女としか思っていなかった彼女の膝の上が、思ったより心地良く、つい甘えてしまいたくなる──と、一瞬でも思ってしまったことの照れ隠しなのか、正宗はぶっきらぼうに頭を膝からどけようとした。


「痛て……」


「ほら、動かないの。痛いなら今治してあげるわ」


「あ? どうやって」


「静かに……"癒天使ラファエラ"」


 天使は正宗の両肩に手を添えると、そう呟いた。


「!」


 麻酔をかけられたかのように、全身の痛覚がすっと引いていく。だが、手足の感覚自体はまだある。


「治ってる……?」


「応急処置くらいのものよ。完治はしないから、無理に動かないで」


 見上げると、天使の両手は涼やかな青の光を纏っていた。間違いなく、彼女の力だろう。


「そいつが……お前の言う、神様の力なのか?」


「神の奇跡はきっと、こんなものじゃないわ。もともと天使家の人間には、治癒系の固有魔法が使える魔法使いが多くてね」


「そっか、ありがとよ……そうだ、田辺達は!?」


「大丈夫です。みんな逃げたみたいですよ」


 正宗が声のした方を振り向くと、そう語った焚火が笑顔で手を振り返して来た。槙野と林の姿が無いが、まあ逃げたんだろうな、と正宗は流すことにした。


「ごめんなさい。私が援護できれば、そこまでの怪我は負わなかったのに」


「気にすんなよ。お前もお疲れさん」


 そうフォローしながら、正宗はそっと天使の膝を離れて立ち上がった。まだ節々が痛むが、少なくとも動ける程度には回復できたようだ。


 正宗はその場で足踏みすると、日が落ちかけた窓の外の景色を眺めた。


「じゃ、ひとまず戻って──ん?」


 その刹那、視界を黒い何かが横切った。






 がっ。


 どさっ。






「? 焚火?」


「……っ……!?」


 その軌道を追うと、そこには到達に倒れ込む焚火の姿があった。


「焚火!? 今の……石ッ!?」


 力なく床に伏す彼女の隣には、野球ボール大の石。外から投げられ、さっき正宗の視界に入ったそれが、彼女の頭にぶつかった──正宗は瞬時に状況を理解した。


 だが、不可解な現象はそこで終わらなかった。


「浅井! なんだか、天井から雨漏りが……」


「雨漏り? んなわけねえだろ! 外見てみろ!」


 快晴の空を指さした正宗の指先に、しかし確かに、一滴の水が滴った。


 その水には臭いがあった。


「……ガソリン!?」


 驚きの声を漏らすとともに、部屋の天井には赤い炎がぼっと灯った。






「田辺さん、これはやりすぎじゃ……ぎっ!?」


「黙れ……」


 旧文化部棟の外。取り巻き2人に肩をかされながら、田辺は意見する取り巻きの1人の首を"空操"で締め付けた。


「油断して眠りやがって……Fクラスのゴミは死んでしまえ……あっはははは!!!」


 ライターで灯した炎は、天井から垂らしたガソリンに引火して瞬く間に建物全体へ広がっていく。逃げる最中、近くの倉庫でポリタンクを見つけた瞬間から、田辺はこの景色を心待ちにしていた。


 だが。


「はははっ……あ?」


 足音。田辺は振り返る。


「何をしているのですか?」


 低い背丈に白い髪。黒のとんがり帽子の下に潜む、怒りに染まった小さな眼差し。


「そこには、私の生徒がいるはずなのですけど」


 窮地に陥った正宗達の担任は、まっすぐに田辺達を睨みつけた。

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