第18話 文化祭、ここは二人の『巣』
体育祭という熱狂が過ぎ去り、
そう、文化祭である。
1年A組のホームルームは、その「出し物」を巡って、早くも混沌としていた。
「はいはーい! うちはやっぱり『お化け屋敷』がいいと思いまーす!」
「えー、ベタすぎ。どうせなら『メイド喫茶』よ! 私、メイド服着たい!」
「却下。お前は黙ってろ」
ガヤガヤと騒がしい教室の片隅で、早乙女ミユ《さおとめみゆ》は「あー、めんどくせぇ…」と盛大にため息をついていた。
その隣の席、立花リリアと桜庭みるくは、その喧騒すらBGMにするように、二人だけのやわらかい空気に包まれている。
「みるくさん、あの『メイド喫茶』というのは、
「うーん、たぶんそうだと思うよ。でも、詩乃さんみたいに完璧には、みんな難しいかもねぇ」
「ふふ、当然ですわ。詩乃は超有能ですもの」
そんな二人の世界を遮るように、クラス委員長が「何か、A組らしい、平和的な案はないの!?」と叫んだ。
その瞬間、ある女子生徒が手を挙げた。
「あのさ、私、ずっと思ってたんだけど……桜庭さんと立花さんって、二人でいる時の空気、すごく癒されない?」
「「「あー、わかる」」」
クラスの大多数が頷いた。
「だからさ、『究極の癒し空間・再現カフェ』とかどうかな!?」
「「「それだ!!」」」
「『癒し空間』って、具体的にどうすんだよ」
ミユが、面倒くさそうに、しかし的確なツッコミを入れる。
「そりゃあ、もう……」
委員長が、ちらり、とリリアとみるくを見た。クラス全員の視線が、二人に集まる。
「立花さんと桜庭さんの、あの空気感を!」
「えっ、私たち?」
みるくが驚いて目を丸くする。リリアは「ふむ」と顎に手を当てた。
ミユが「げっ」という顔をした。
「おい、まさかとは思うが……お前ら、この二人が住んでる巣を、教室に再現するとか言うんじゃねーだろうな!?」
ミユの言葉は「否定」のつもりだった。
だが、クラスメイトたちはそれを
「それよ! ミユ、あんた天才!」
「ええっ!?」
「あの二人が毎日暮らしてる部屋なら、絶対究極の癒し空間だよ!」
「糖度MAXすぎて、お客さん、虫歯になるかも!」
「いいじゃん!『糖度MAX・鬱ゼロカフェ』! 1年A組のクラス企画はそれだ!」
満場一致だった。
リリアとみるくは顔を見合わせる。
「みるくさん、わたくしたちの巣が、文化祭の出し物になりましたわ」
「う、うん……なんだか、すごいことになっちゃったね。でも……」
みるくは、ふわり、と微笑んだ。
「私たちが毎日幸せって思ってるこの空間を、みんなも良いって思ってくれるなら……嬉しい、かも」
「ええ、同感ですわ。わたくしたちの幸福の形を、学園に知らしめてさしあげましょう」
こうして、1年A組の出し物は「立花リリアと桜庭みるくの巣再現カフェ ~触れれば即堕ち・癒しの空間~」に決定した。
(※なお、「即堕ち」の部分は「即落ち」と誤魔化して申請された)
---
準備が始まると、二人の天才がその能力を遺憾無く発揮した。
役割は明確。
インフラ担当、立花リリア。
生活・空間演出担当、桜庭みるく。
「みるくさん。教室の寸法は完璧に把握しましたわ。つきましては、『巣』のどの部分を再現するか、ご意見を」
リリアが広げたのは、教室の完璧な見取り図と、二人の家のリビングダイニングの図面。
「うーん、そうだねぇ。やっぱり、あのキングサイズのソファと、大きなダイニングテーブルが中心かな。あそこでリリアちゃんがくつろいで、私がお茶を淹れる……あのいつもの時間を、みんなにも味わってほしいな」
「さすが、みるくさん。最適解ですわ。承知いたしました」
リリアは頷くと、スマートフォンを取り出し、詩乃に電話をかけた。
「もしもし、詩乃? わたくしです。文化祭の件、少々本気を出しますわ。リストを送りますので、これと同等以上のクオリティの家具一式を、明日の午前中までに学園へ」
電話を切ったリリアに、みるくが感心したように言う。
「すごい、リリアちゃん。もう手配しちゃったんだ」
「当然ですわ。インフラは速度が命。ですが、問題はここからですわ、みるくさん」
「?」
「
みるくは、リリアの真剣な言葉に、少し頬を染めた。
「も、もう、リリアちゃんたら…」
「お任せください、みるくさん。わたくしが完璧な器をご用意します。ですから、みるくさんは、そこに最高の癒しを注ぎ込んでくださいませ」
「うん、わかった! 私も頑張るね。リリアちゃんがいつも蕩けてくれる、あの空間、作ってみせるよ!」
翌日。
教室に運び込まれたのは、生徒が文化祭で使うレベルを遥かに超えた、高級ブランドのソファ、無垢材のテーブル、ふかふかのラグマットだった。
クラスメイトが呆然とする中、みるくが動いた。
「みんな、手伝ってくれるかな? このクッションは、こう…角を少し潰すように置くと、座りたくなるんだよ」
「このテーブルクロスはね、わざと少しだけシワを残すの。その方が、生活の温かみが出るから」
みるくが手を加えるたび、無機質だった教室が、確かにあの二人の巣の空気――柔らかく、甘く、安心できる生活の匂い――を纏っていく。
***
準備の休憩時間。
資材や段ボールが山積みになった、教室の後ろの準備スペース。
さすがのリリアも、連日の指揮と手配で少し疲れたようだった。
「みるくさん……」
「リリアちゃん。お疲れ様」
隣に座るみるくに、リリアはこてん、と頭を預けた。
いや、預けた先は、肩ではない。
柔らかく、弾力に富み、この世の全ての安心が凝縮された場所――みるくの膝の上だった。
「膝、お願いしますわ……」
「はい、どうぞ。お疲れ様」
みるくは、当たり前のようにリリアの頭を受け入れ、そのサラサラの髪を優しく、ゆっくりと撫で始めた。
みるくの指が髪を梳く感触、膝から伝わる体温、みるくの匂い。
絶対的な安心感、疲労が溶けていく陶酔。
「ん……みるくさんの膝、世界一ですわ……」
「ふふ、リリアちゃんの髪こそ、世界一綺麗だよ」
「……このまま、溶けて、みるくさんの膝と一体化したいですわ……」
その、あまりにも日常的で、あまりにも糖度の高い光景。
そこに、準備室のドアを開けて入ってきたミユが、完璧なタイミングで遭遇した。
「うおっ!?」
ミユは持っていたカッターナイフを落としそうになり、目をこする。
「お、おま、お前ら……! 教室の後ろで、堂々と、何やってんだ!?」
リリアは、膝枕を享受したまま、目だけをミユに向けた。
「あら、ミユさん。見ての通りエネルギーチャージですわ。みるくさんの膝から抽出される聖(セイント)・包容力(オーラ)を摂取していますの」
「わけわかんねー単語作るな! つーか、お前ら、まさかとは思うが……」
ミユは、教室の中央に鎮座する再現ソファを指差した。
「その膝枕も、当日のカフェのメニューに組み込む気か!?」
ミユのツッコミは、悲鳴に近かった。
しかしそれは、またしても
それを聞いたリリアは、ぱちくり、と瞬きし、やがて悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、ミユさん。それは素晴らしいアイデアですわ」
「はあ!?」
「みるくさんの膝まくらは、
「ええっ!? り、リリアちゃん!? そ、それは恥ずかしいよぉ!」
みるくが顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る。
リリアは、その様子を見て、くすくすと笑った。
「冗談ですわ。みるくさんのこの天国は、わたくしだけの特等席ですから」
みるくの膝に、ぎゅう、と顔をうずめるリリア。
「あ……う、うん。そうだね。ここは、リリアちゃんの専用だもんね」
リリアの頭を抱きしめるように撫でるみるく。
「どっちにしろイチャついてんじゃねーか!!!」
ミユの絶叫が、文化祭準備で活気づく校舎に虚しく響き渡った。
(モノローグ:ふふ、完璧な『巣』ができましたわ。……それにしても、窓の外の風が冷たくなってきました。もうすっかり秋。早く本物の『巣』に帰って、みるくさんの体温で、芯から暖まりたいものですわ)
(クラス一同:桜庭さんの膝枕、体験したかった……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます