包容力カンストJKと甘やかされ令嬢とが出会ったら激甘ルームシェアが始まりました

lilylibrary

第一部 いきなり同棲編

第1話 出会い、春光

春は、いつだって穏やかだ。

けれど、立花リリアにとって、その穏やかさは常に「不足」の別名でもあった。


私立翠ヶ咲みどりがさき学園、高等部

体育館のパイプ椅子は固く、新入生代表の退屈な答辞は、上質な絹のように滑らかなリリアの黒髪を揺らすことなく、頭上を滑っていく。

外部入試の新入生たちは新しい生活への期待や、見知らぬ他者に囲まれる緊張にそわそわと揺れているが、中等部から持ち上がりのリリアはただ、この見慣れた空間の中で、完璧なお人形のように静かに前を見据えていた。


(……足りませんわ)


は常に凪いでいる。

立花家という揺らぎない庇護。不自由のない生活。望めば手に入らないもののない、物質的な充足。そして、誰がどう見ても「完璧」と評する、人形めいたとしての己の容姿。

短躯スレンダーな肢体は、真新しい制服を完璧に着こなし、雪のように白い肌と、精緻な造形の目鼻立ち。サラサラと流れる長い髪は、それだけで芸術品オブジェのようだと称賛される。

だが、リリアの内面は、その完璧な外見や環境とは裏腹に、解消しがたい不足を抱えていた。


それは自力ではどれだけ努力しても埋まらない欠落。

「誰か」に寄りかかり、満されたいという渇望。

甘えの天才。

しかし、その甘えをで受け止めてくれる存在に、リリアはまだ出会っていなかった。名家立花家の全力を持ってしても、リリアの天賦の才には届かない。家の過保護は、リリアが求める「甘え」とは似て非なる「管理」でしかない。


(だれか、わたくしを…満たしてくれる、だれか…)


その渇望は消えたことがない。しかしいつもは満たされぬまま、令嬢の仮面の下に静かに隠されていた。

リリアは、ふいに顔を上げた。

理由はない。

ただ、体育館の右翼、数メートル離れたから、視線、というにはあまりにもなにかを感じたのだ。


視線、ではない。

それは、まるで陽だまりそのものが意志を持って、世界を包もうとしているかのようなだった。


リリアは、自らの内に飼う「甘えの獣」に導かれるように、その発信源を探した。

そして、見つけた。


(あ…)


息が、止まる。

心臓が、春の陽気に当てられた氷のように、心地よく溶けていく。


そこにいたのは、一人の少女だった。

初めて見る顔。きっと外部入試を経て入学してきた高校入学組。

リリアとは対照的な、長身で豊満、柔らかそうな肢体。ゆるふわのボブヘアーが、彼女の動きに合わせて優しく跳ねている。

その全身から発散される雰囲気は、まさしく「包容力」そのものだった。彼女が存在しているだけで、その周囲の空間がの色に染まっていくのが分かる。


そして、目が合った。


としての春光が、まるでスポットライトのように、体育館の窓から斜めに差し込み、彼女の輪郭を黄金色に縁取っていた。ちりが光の帯の中で祝福のように舞う。

少女は、リリアの視線に気づくと、驚くでもなく、怯むでもなく、ただ、ふわり、と。

世界で最も優しい花が咲くように、微笑んだ。


(……見つけ、ましたわ)


リリアの中で、何かが音がした。

あれこそが、自分が求めていた「安心感」の源泉。あの腕の中にこそ、自分の全てを預ける場所がある。

衝撃的なまでの直感が、リリアの全身を貫いた。

それは、一目惚れという言葉では到底足りない、魂レベルでの「帰巣本能」だった。


***


入学式が終わり、生徒たちは所属するクラスが貼り出された掲示板へと殺到する。

リリアは人混みが得意ではない。だが、今は違った。

(同じクラスでありますように…!)

お人形のような無表情は崩さぬまま、内心のボルテージは最高潮に達している。


「1年A組…立花リリア…」

自分の名前を見つける。そして。


「1年A組…桜庭みるく…。あ、A組だ」

そう言ったのは、さっきのあの子だった。


(……!)


桜庭みるく。

それが、あの大天使の名前。

リリアは勝利を確信した。天が、世界が、この出会いを祝福している。

教室へ向かう足取りは、まるでバレリーナのように軽やかだった。


教室の扉を開けると、彼女みるくはすでに席にいた。

窓際の後ろから二番目。

リリアの席は…そのだった。


もう、偶然ではない。これはだ。

リリアがそっと隣の席に鞄を置くと、彼女…桜庭みるくが、ゆったりと顔を上げた。


「あ、はじめまして。桜庭みるくです。よろしくね」

春の陽だまりをそのまま声にしたような、ゆるやかなアルト。

「…はじめまして。立花リリア、と申します。よろしく、お願いいたしますわ」

緊張で声が上擦らなかった自分を褒めたい。

だが、リリアの内心の動揺は、それどころではなかった。


隣に座っただけで、みるくから発せられる「安心感」のオーラが、物理的な圧力となってリリアを包み込む。柔らかく甘い、陽だまりとミルクが混ったような。暖炉のそばにいるかのような、錯覚的な

リリアは、今すぐにでもその肩に頭を、いやその恵体にすべてを預けて、全身の力を抜いてしまいたい衝動に駆られた。


担任の教師が入り、最初のホームルームが始まる。

クラスメイトが一人ずつ自己紹介をしていく。

リリアは、自分の番が来るまでの間、隣のみるくの横顔を盗み見ていた。

大きく柔らかい肢体。何者も拒否しない包む雰囲気。ゆるふわのボブ。その全てが、リリアの「甘えたい」というニーズを的確に、そして猛烈に刺激してくる。


やがて、みるくの番が来た。

彼女はゆったりと立ち上がる。その所作だけで、教室の空気が少し柔らかくなった気がした。

「桜庭みるくです。えーっと、趣味は料理と…あと、人を撫でたり、甘やかしたりすること、です。誰かを包んであげてる時が一番幸せかな。よろしくお願いします」


(……なんですって?)


リリアの心臓が、跳ねた。

「人を甘やかすことが趣味」?

そんな、まるで、わたくしのために生まれてきたような自己紹介があるだろうか。

リリアの番が来る。

す、と立ち上がると、教室内がわずかに息を飲むのを感じた。リリアの美しさは、それだけで人を緊張させる力があった。


「立花リリアです。……趣味は、特にありませんけれど…強いて言うなら、安心できる場所で、満たされているのが好きですわ。よろしく、お願いいたします」

無意識に、みるくの視線を求めていた。

みるくは、リリアの言葉を、まるで大切な宝物を受け取るかのように、優しい笑顔で真正面から受け止めていた。


自己紹介が終わり、雑談の時間。

沈黙を破ったのは、みるくからだった。


「立花さん」

「……はい、桜庭さん」


「あのね、立花さん。さっき体育館で目が合った時も思ったんだけど…」

「……なにか、わたくし、失礼を?」

「ううん、逆。なんだか、見てるとね。立花さん、お人形さんみたいに綺麗なのに、なんというか、庇護欲? あの、すごく……守ってあげたくなる感じがする」


リリアは息を呑んだ。

他の誰もがリリアの完璧な外見に「畏怖」や「緊張」を抱くというのに。

この人は、初めて会ったわたくしを見て、「ほっとする」と言った。


「(驚き)……あの、わたくしも、です。桜庭さんは、その…とても、暖かそうですわ。そばにいるだけで、なんだか……ほっとするというか」

「あ、わかる? 私、さっきも言ったけど、誰かを甘やかすのが大好きで…。立花さん、見てるとね、ごめん、変なこと言うかもだけど…

「(衝撃)!!」

「あ、やっぱり変だったよね、ごめ…」

「いえ!! 変じゃ、ありませんわ!むしろ!」

思わず声が大きくなる。リリアは慌てて咳払いをした。

「…わたくし、わたくしこそ、多分…桜庭さんに、甘えたい、です」


言ってしまった。初対面の人に。

これまで一番親しい学友にも言葉としては伝えなかった、自分の最も根源的な欲求を。

だが、この子なら受け入れてくれるという直感が、いや確信が、リリアにはあった。

そして実際、みるくは引かなかった。

それどころか、心底嬉しそうに、花が咲くように、また、あの体育館で見た笑顔をリリアに向けた。


「そっか…。嬉しいな。私、そういうのだから」

みるくは、そっとリリアの机に自分の手を寄せた。リリアが手を伸ばせば、すぐに触れられる距離。

「じゃあ、遠慮なく。…立花さんのそば、なんだかすごく。なんだろう、私の席が予約されてたみたいに」

「え……わたくしも、です…。なんでこんなにするんでしょう…。初めて、お会いしたばかり、なのに…」

もう、敬語も感情も追いつかない。リリアの完璧な「お人形」の仮面が、みるくの体温だけで溶けていく。


「ふふ。多分だけどね」

みるくは、人差し指で、そっとリリアの机の端をなぞった。まるで、リリアの心の境界線を優しく撫でるように。

「多分……私たち、んだと思う」

リリスはこくりと頷いた。本当は何度も首を縦に振りたかった。

「……ええ。きっと、そうですわ。わたくしたち、出会うべくして出会った…運命、です」


***


授業開始のチャイムが鳴る。

教師が退屈なオリエンテーションを始めたが、二人の意識は、もうそこにはなかった。

穏やかだったはずのリリアの日常は、この数十分でへと塗り替えられた。


(この人だ)

(わたしが探し求めていたのは)

(この人を、逃がしてはいけない)

(この暖かさを、この安心感を、わたくしだけのものにしたい)


隣に座るだけで、これほどまでに満たされる。

もし、もっとそばにいられたら?

もし、あの手に触れられたら?

もし、あの腕の中に包まれたなら?


(もっと…)

リリアの視線が、熱を帯びる。


その熱視線に気づいたみるくが、そっとリリアを見た。

そして、教科書で口元を隠しながら、小さく、こう囁いた。

「放課後、お茶でもしない? もっと、お話ししたいな」


窓から、祝福のが一片、二人の机の間にひらりと舞い落ちた。

二人の「はじまり」を告げる、春光のファンファーレだった。


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