理不尽フットボール~ただボールを蹴っただけなのに

砂糖水色

1章

第1話 フットボールクラッシャー

残り時間は15分。この2点差を守りきれば、俺たち磐田はJ1に昇格できる。

38歳、今期で引退を決めた俺にとって大事なホーム満員の中での引退試合だ。

絶対に昇格して最高の花道にする。


その時ベンチから交代の札が上がった。


相手のFC藤沢も勝てばJ2に残留が決まる。

お互いチームの運命を掛けた藤沢必死の2枚替え。

1人目は11番オランダ帰りのベテランフォワード仲川。

身長は小さいが50mを5秒台で走るゴリゴリのドリブラー、決定力も高い選手だ。

昔代表の紅白戦で戦ったことがある。かなり厄介な相手だ。

この状況では特に、だ。

2人目は…誰だ。

左サイドバックの選手と交代するようだが、全く情報がない。35番。身長は185cm以上ありそうだ。筋肉質。頭はボサボサだが子供のような顔をしている。どこかで見た事があるような気がする。

攻撃の人数を増やす、ハイボール用の交代だろうか。

と思ったら35番はそのまま左サイドバックの位置に入った。

若い選手だし、ドリブルが得意そうな体格には思えない。

コーナーやFKの時に注意すれば良いだろう。

やはり問題になるのは11番の仲川だ。

俺はディフェンダーの選手達に声をかけ気を引き締める。

ウチのチームは堅守からのカウンターが売りだ。

今シーズン2点差を追いつかれた事はない。

 誰1人手を抜かず全力を尽くす事が出来る良いチームだ。

それだけに今シーズン怪我人が少なければ、もっと早い時期に昇格を決められたはずだ。

 

ウチのチームの攻撃で自然と最終ラインが上がる。

キーパーとしてはこの状況で前に位置するのは怖いものがある。

しかし現代サッカーにおいて引いてゴール前にバスを置いて守りきるのは中々に困難だ。

 攻撃の時間をなるべく長くし、時計を進める。

ボール保持時はパスの受け手になる為キーパーもポジションを上げざるを得ない。

 

ハーフライン付近で相手チームのキャプテン遠藤が激しいプレスでボールを奪った。

新しく入った左サイドバックの35番にボールを渡す。

35番の位置はハーフラインより手前だ。

11番の快速フォワードがゴールへ向かって走り出す。

とんでもない速度でディフェンダーの間、オフサイドラインを抜ける直前、35番が美しいフォームで綺麗な回転のロングボールを蹴った。

俺はボールとフォワードの位置を見て飛び出すか迷う。

落下地点はペナルティエリアの中だ。

キャッチ出来る。

落下地点に入った瞬間に嫌な予感を感じた。

フォワード仲川は猛然と走ってくる。

このボールは思いのほか延びる。

俺は1歩下がる。

いや、もっと?そんなバカな!

俺は数歩後ろ向きにステップを踏み全力でボールに飛びついた。

無情にもボールは俺の指先を掠めてゴールに吸い込まれた。

俺は蹴った本人を見る。

 チームメイトに揉みくちゃにされている。

 …ここから50いや60m近い。

キックミスか?狙った?

 

いや、今はいい。

あと1点をなんとしても死守する必要がある。

チームメイトが

「運が悪かっただけだ。今のは川さんのせいじゃない」

と声を掛けてくれる。

俺はスマン。と声を掛け切り替える。

キーパーだってミスはする。

大事なのは切り替えだ。

俺は大声で叫んだ。

「守るぞ!死守だっ!」

残り時間8分。いけるはずだ。


ゲームを再開すると、勢い付いた相手の必死のプレスに追い込まれはじめる。

 センターサークル付近でうちのチームの選手が足をかけてしまい、ファールになる。

すると相手チームのキャプテン遠藤がその場でフワッと1mくらいの高さにボールを浮かせた。

後ろから走ってきた35番がボールの真横から足を振り抜く。

GKのサイドパントキックだ。

低い弾道のシュートが俺のゴール方面へ向かってくる。

だが、そのシュートはゴールから大きく枠を外している。

さすがに無謀だ。そもそも40m以上距離がある。

だが、そのボールは大きな弧をを描きゴールポストの内側に当たり、ネットに吸い込まれた。

会場が沸く。

 俺はただボールを見送るしか出来なかった。

 

俺たちのホームの満員のスタジアム15000人の客が沸いている。

俺はどこか他人事のように

「なんだコレは…今のはなんだ」

 と呟いた。

会場のモニターでリプレイが映し出される。

全ての観客がモニターを凝視する。

軌道がまるっきりロベカルの伝説のシュートだ。

アウェー席の藤沢のサポーターが今日1番の盛り上がりを見せる。

だからと言って俺達もこのまま引き分けでは終われない。

 勝たなければJ1への昇格が無くなってしまう。ウチのチームにとって引き分けは負けと同義だ。

ベンチを見ると監督が大きな声で攻めろ攻めろと叫んでいる。

残り時間3分。アディショナルタイム入れれば7.8分だろう。

何とか1点入れて勝利をもぎ取りたい。

今度はウチのチームの猛攻に相手が押し込まれる。

ロングボールとショートパスを効果的に使い相手の隙をつこうとするが、中々崩れない。

センタリングをキャッチした相手のキーパーがボールを素早く前線に送る。

ハーフライン手前で11番仲川にボールが渡り得意のドリブルをはじめる。

 誰もがそう思った瞬間、仲川はバックパスを選択した。

そこに走り込んできたのは35番。

35番はダイレクトでボールを前に大きく蹴り出した。

前に味方は誰も居ない。

1点目より遠い場所からのシュートだ。

俺は自陣ペナルティエリアの中に位置していた。

ダッシュでゴールに戻るが間に合わない。

ボールは綺麗にゴールポストの下を通りゴールネットを揺らした。


スタジアムが揺れる程の歓声の中、再開直後に終了のホイッスルが鳴り響いた。

35番の選手に人が集まっている。改めて見てみても高校生か大学生としか思えない。

大歓声の中、俺はただただ立ち尽くしていた。

そこへ11番仲川が近寄ってきて苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「あんなのは…フットボールじゃない。」

仲川は唇を噛み締めながら吐き捨てるように言った。

「…アイツはフットボールクラッシャーだ」






 

 










 

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