第10話 魔界省

 エステルと視聴者の喧嘩が再び始まりそうだったので、バートはまたなだめようと口を開いた。

 しかし声を発する前に一つのコメントが流れ、ハッと口を閉じる。


〈魔界省魔界対策局ダンジョン探索課です。勇者バート・リモナード様、少々お話をさせていただいてもよろしいでしょうか。〉


 ——魔界省。

 道中にエステルから聞いた話によれば、主にダンジョン探索及びモンスター討伐に関する業務を掌握しょうあくする国家機関であるとの事だ。

 魔界省は非常時の緊急連絡、避難指示等を探索者に発する業務も担っている。

 そのため今のエステルのように、コメント投稿の許可を制限しているチャンネルに対しても書き込みを行う権限を有するらしい。


〈魔界省公式!?〉

〈遂に国が動いたか〉

〈まあ、当然だよな〉


 視聴者たちのコメントの流れも変わる。

 バートは密かに気を引き締めると、穏やかな表情を作って頷いた。


「魔界省様、承知いたしました」


 急変した空気を感じ取ったのか、エステルと視聴者たちも静かになった。

 皆ふざけるときはふざけ、真面目になるときは真面目になる。

 随分と統率の取れている視聴者たちだな、とバートは感心した。


〈バート様、ありがとうございます。今現在、転移ポータルに向かわれているところと存じますが、そこから第一ダンジョン管理局に直接ご帰還いただくことは可能でしょうか。〉


 バートは魔界省からの問いに首肯する。


「可能です。私も元々そのように考えておりました。あと五分もすれば、転移ポータルに到着するかと思います」


 カメリア国内に入り口がある八十八ヶ所のダンジョンは現在、魔界省の地方支分部局の一つであるダンジョン管理局によって管理・監視されているらしい。

 第一ダンジョン管理局は、エステルが本来行くはずであったカメリア第一ダンジョン『れいちょう地下ちか庭園ていえん』を管轄しているダンジョン管理局である。

 各ダンジョンに付された番号は百二十年前と変わっていないため、カメリア第一ダンジョンの事はバートもよく知っている。


〈現在、第一ダンジョン管理局は人払いが済んでおります。バート様及びエステル様におかれましては、大変恐縮ではございますが、帰還後、そのまま魔界省までお越しいただけませんでしょうか。〉


「かしこまりました。エステルも良いよね?」

「は、はいっ。大丈夫です……!」


〈ありがとうございます。それでは、第一ダンジョン管理局の受付にて担当職員がお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。〉


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「お、お願いいたします……」


 緊張した様子でエステルが頭を下げた。

 バートは彼女を横目で見てから、浮遊カメラに視線を戻す。


「ところで魔界省様。この配信なのですが、エステルの安全をファンの方々にお見せするためにも、第一ダンジョン管理局に戻るまでは続けさせていただけませんでしょうか」


〈私どもも配信で状況を確認したいため、こちらからもそのようにお願いしたく存じます。〉


「承知いたしました。それでは到着まで、もう少々お待ちいただければと思います」


 魔界省とのやり取りがひと段落ついた後は、また一般視聴者たちのコメントが嵐のように流れ始める。


〈勇者様第一局に来るのか! 近所だから行ってみるかな〉

〈勇者様に会えるのか〜羨ましい〉

〈魔界省が人払いしてるから行っても無駄では?〉

〈外からチラッとでも生勇者見れたら嬉しいだろ?〉

〈確かに勇者様は生で見てみたい〉

〈勇者様のサイン欲しい〉

〈誰かエステルにも触れてやれよ〉

〈そういや我らがエステルも一緒に帰って来るんだっけ〉

〈忘れてた〉


「忘れてたって何ですかっ!? ちょっと!?」


 怒りと悲しみが入り混じったようなエステルの声が響き渡った。






☆—☆—☆






 視聴者との喧嘩に疲れどんよりと俯いているエステルを連れて、バートは歩みを進める。

 ちなみに喧嘩は多勢に無勢。

 ああ言えばこう言う視聴者たちに、エステルは完全に弄ばれていた。

 そもそもエステルはレスバなどした事がなかったと視聴者も言っていた。

 喧嘩初心者の彼女では、この敗北も必至である。

 余談だが、何だか面白かったのでバートはエステルを助けずに傍観していた。


「見えたよ、転移ポータル」

「! ……ほ、本当だ」


 バートの声に顔を跳ね上げたエステルが、安堵の笑みを溢しながら呟いた。

 台風のように渦巻きながら縦に展開している白い光。

 これが、魔界と人間界を繋ぐ転移ポータルである。

 バートはそのすぐ前で立ち止まった。


「このポータルは普段はどこにも繋がっていないんだ。その代わり、他の全てのダンジョンのポータルと任意に繋げる事ができるんだよ」


 逆もまた然り。

 やり方さえ分かれば、どの転移ポータルからでもこの『魔王潜域』に来る事ができる。

 というよりも、現存する全ての転移ポータルを繋げる術をバートが知っていると言った方が正しい。

 もっとも、それを外部に公開するつもりはないけれども。

 理由は危険だから。

 世界には詳細が判明していないダンジョンも多数存在すると、エステルから聞いている。

 何らかの要因により探索が困難となっている数多のダンジョン。

 通常の手段では辿り着けないこの『魔王潜域』も、その一つだ。

 情報のないダンジョンに軽い気持ちで突入すれば、何が起こるか分からない。

 特に現代ではダンジョン配信などというものが流行っているのだ。

 閲覧稼ぎで死地に飛び込む軽率な探索者が生じる事は、想像に難くない。


「それじゃあ帰ろっか」


 バートはエステルに視線を向ける。

 エステルは強張った顔で微かに震えていた。


「怖い?」

「っ……す、すみません……」


 バートが声をかけると、エステルは肩をビクリと揺らして俯いた。

 小さな両手が服の裾を握り締めている。


「良いんだよ。転移ポータルの不具合で怖い目に遭ったんだから」


〈誰だってそうなるから気にするな〉

〈ゆっくりで大丈夫だぞ〉

〈頑張れエステル〉


「み、皆さん……!」


 バートがエステルをフォローすると、彼女に対する応援のコメントも次々に流れた。

 感激したように浮遊カメラを見つめるエステル。

 さっきまで彼らに打ちのめされていたエステルであったが、何だかんだ言いつつ、とても愛されているようだ。

 バートがそう微笑ましく思っていると、合間を縫ってバートに向けた質問が届いた。


〈そもそも何でポータルがバグったんだろう?〉

〈勇者様にも原因は分からないんですか?〉






☆—☆—☆




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