2話
「ただいま」
帰宅した。
「…………」
俺を出迎えてくれる者など誰もいない。
まあそれも当然の話だ。俺は一人暮らしなのだから。
高校進学を機に俺は一人暮らしを始めた。
基本的にこのことを人に話したりはしないが(良からぬ連中に知られて厄介なことになっても困るからだ)、どうしても学校の教師など一部の人間には隠せない。
その際に決まって言われるのが、高校生で一人暮らしは寂しくないか、大変じゃないかということ。
確かに料理など家事はすべて自分でやらねばならないから、大変じゃないと言えば嘘になる。
だがそれ以上に、保護者から離れられるメリットの方が遥かに大きかった。
8歳の頃に両親を亡くした俺は、叔母夫婦に引き取られた。
それから叔母夫婦は今まで俺の面倒を見てくれたので、その点については感謝している。
だが、あの二人は俺のことを嫌っている。
そして、俺もあの二人のことが嫌いだ。
今までにことあるごとに、世間体があるから仕方なく引き取ってやったと言われてきた。
授業参観や学校の行事などにはある程度顔を出すが、それ以外に親らしいことなどしてもらったことがない。
休日に遊んでもらったり、どこかに連れて行ってもらったこともない。
叔母夫婦が外食に出かけても、俺は連れて行ってもらえず、お金を渡されるだけ。
美味しいものが食べたければ金はやるからそれで食べてこいとのことだった。確かにそれなりのものが食べられる額ではあった。
だが、俺はそんなものが欲しかったわけじゃない。
他にも、叔母夫婦は家の中で自分たちだけのスペースを作って、俺にはそこに入らないように命じた。
叔母夫婦は家の中でほとんどの時間をそこで過ごしていた。食事も当然別。
同じ家の中で生活していても、完全に他人扱いだった。
確かにいくら姉の子とはいえ、いきなり自分の子供でもないガキを育てろと言われるのは理不尽かもしれない。
だが、理屈と感情は別だ。
そんな扱いを受けて、俺があの二人のことを嫌いになるのは当然の話だった。
だから俺は、高校進学を機に一人暮らしをすることを申し出た。
叔母夫婦は即答した。
国内であれば金は出すから好きなところに行け。大学も行きたければ金は出すが、その代わりもう二度と家には帰ってくるな。
そう言われた。
別にショックはなかった。
ただただ、叔母夫婦から離れられることの喜びだけがあった。
そんなわけで今の生活はわりと気に入っている。
学校は楽しくないが、帰宅部だし家に帰ると自由に過ごせるからな。
今の時代、インターネットがあれば娯楽には困らないし。
「……どうも体が怠いな」
体温計で熱を測ってみると、38度を超えていた。
「一応、学校に連絡しておくか」
俺は現在熱があること、明日熱が下がっていれば登校するが、下がらなければ休む旨を伝えた。
今までの経験からすると、おそらく明日は休むことになるだろう。
38度を超える熱が出ると、基本一晩寝ただけじゃ治らないんだよな。
それにしても……。
「体調不良は悪いことのはずなんだがな……」
明日学校に行かなくていいのだと思うと、心が軽くなった。
今は高校2年生の6月。
最近、自分の将来について考えることが増えた。
大人になった俺は、どんな人間になっているのか。
とりあえず大学に進学することは決まっている。ならばその先は?
当然、就職だろう。学者になりたいとか、どうしてもこの勉強がしたいという目的がなければ、わざわざ大学院に行く意味はない。
だが、この職業に就きたいというヴィジョンが俺にはない。とにかく待遇のいいところに行きたいと考えているだけだ。
もっとも、自分はおそらく大した仕事には就けないだろうということはわかっている。
俺の成績じゃ大した大学には行けないし、人物重視とされている今の時代に求められるような能力も持ってないからな。
かといって、個人事業主として一旗あげてやろうという気概もない。
安定をとるという選択肢がある以上、失敗したときのことを考えるとどうしてもな……。
思えば幼いころは希望に満ち溢れていた。何だってなれると信じていた。
だが、成長するにしたがって、自分がどうしようもなく平凡な人間だということがわかってしまった。
俺には何かを為すことなどできないのだと。
だから俺は、家に一人でいるのが好きなのかもしれない。
家で娯楽に興じていると、将来のことや学校での嫌なことを考えずに済む。
いっそのこと、引きこもりにでもなってしまうか。
一瞬そんな考えが思い浮かぶが、やっぱりダメだな。
そうなると待っているのは破滅だけだ。
引きこもりやニートというのは養ってくれる存在がいて初めて成立するもの。
叔母夫婦なら俺が成人した瞬間、引きこもりだろうが何だろうが容赦なく縁を切ってくるだろうからな。
それに何より、俺自身が早く独り立ちしたいという思いが強い。
だから引きこもりなんて道は、選べるはずもなかった。
「いらんことを考えてたせいで、余計に気分が悪くなってきた」
これ以上悪化しないように、すぐにでも寝たほうが良さそうだ。
「朝か」
気分は……良くなっているが、まだ少し頭痛と怠さが残っている。
熱を測ってみると、37度6分。
やはり今日は休むべきだな。
現在の時刻は8時13分。
休みとはいえそろそろ朝食は食べてもいい時間ではあるが……。
今はもう少し休みたい気分だ。俺は二度寝することにした。
「……ん……」
目が覚めた。
とてもいい気分だ。頭痛も倦怠感も完全に消えている。
これだよこれ。やはり健康な体というのは素晴らしい。体調を崩すたびにそれを実感する。
「腹減った」
そういえば昨日の昼から何も食べていない。
あまり健康的なやり方じゃないが、今はとにかく好きなものをたらふく食べたい。
というわけで用意したのが――。
カップラーメン。パックごはんにインスタントのから揚げ(3人前)。これにチャーハンも追加だ。
普段は基本的に朝食は自炊するんだが、今日はもうとにかく早く食べたかった。
「あれ……?」
だが、すぐに俺は異変に気付いた。
まず水道の水が出ない。仕方なくやかんには水道ではなく、ペットボトルの水を注いだ。
だが、今度はお湯が沸かなかった。ガスコンロの火がつかないのだ。
それだけじゃない。パックごはんを暖めようとしたが、電子レンジも使えない。
「……停電か?」
家の照明もすべて試してみたが、やはり明かりはつかない。何か起こっているのか。
こんなときは、ネットで調べるのに限る。
そう思って俺は、スマホを手に取ったのだが――。
スマホは黒い画面のまま、何の反応も示さなかった。
それからいくつかのことを試してみて、俺は絶句した。
「一体、何がどうなってるんだ……?」
ガスコンロが使えないのは、まだ理解できる。故障か何かだろう。
そこに水道が止まったり停電が重なるのも、可能性はかなり低いだろうがまだわからなくもない。
だが、スマホも使えない。体温計も使えない。家の時計も止まっていた(先ほど確認した)。
つまり、電池やバッテリーの類で動くものがすべて使えなくなっている。最初に起きたときには、問題なく使えていたにもかかわらずだ。
こんなことが起こりえるのか?
地震や他の災害じゃ、こうはならないだろう。
もはや何か超常的な――科学では説明できないような現象が起こっているのではないか。
そんなふうに考えてしまうほどだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。