【配信中】人類悪のダンジョンへようこそ ~SE脳とゲーム知識(最強)で効率化したら、国際指名手配(P0インシデント)された件~

@nihkuasia

第1話:未定義の例外(Undefined Exception)






1\. ヌル・ポインター(Null Pointer)


 意識の再起動(リブート)には、酷いめまいが伴った。

 泥の中から引き上げられるような感覚。


「……っ、ぐ」


 神谷透は、自分が冷たい床に転がっていることに気づいた。

 全身が痛い。特に背中。硬い。

 彼は反射的に、慣れ親しんだ眼鏡の位置を直そうと手を伸ばし――空を切った。


(眼鏡がない。……コンタクトも入れていないのに、なぜ見えている?)


 視界が異常にクリアだ。暗闇の中の塵ひとつまでが、高解像度で認識できる。

 彼はよろめきながら起き上がった。

 そこは、コンクリートと石材が融合したような、無機質で巨大な空洞だった。天井は見えないほど高く、空気は地下室特有の湿り気と、焦げたような金属臭を含んでいる。


「……どこだ、ここ」


 声が反響する。

 拉致か? 過労による幻覚か?

 神谷は自身の脈を測った。120。頻脈だ。冷や汗が出ている。痛みも、寒さも、吐き気もある。

 これは夢ではない。VRでもない。現実(リアル)だ。


(落ち着け。パニックはリソースの無駄だ。状況を切り分けろ)


 彼は震える手で、スーツの内ポケットを探った。スマホがない。財布もない。社員証もない。

 完全に孤立している。


「誰か、いませんか」


 返事はない。

 ただ、視界の隅に、ずっと「緑色のカーソル」が点滅していることに気づいた。


```text

_

```


「……なんだ、これ」


 目をこすっても消えない。

 それは網膜に直接投影されている、CUI(コマンドライン・インターフェース)のプロンプトだった。


2\. ブラックボックス・テスト(Black Box Testing)


 神谷は恐る恐る、空中に手を伸ばした。

 キーボードはない。だが、指を動かすと、脳内のイメージが直接文字として入力される感覚があった。


(……ブレイン・マシン・インターフェース? いつ埋め込まれた?)


 彼は手探りで、エンジニアなら誰もが最初に打つコマンドを入力した。


`> help`


 エンターキーを叩くイメージ。

 緑色の文字列が、素っ気なく返ってきた。


```text

> ERROR: Command not found.

> SYSTEM: Kernel v1.0 (Safe Mode)

> HINT: Try 'list' or 'status'

```


「……不親切なOSだ」


 マニュアル(仕様書)がない。

 神谷は脂汗を拭いながら、言われた通りに打ち込んだ。


`> status`


```text

[ RESOURCE ]

> Mass: 500

> Energy: 100%


[ MODULES ]

> Unit_Gen: [STANDBY]

> Phys_Mod: [OFFLINE]

```


 意味が分からない。

 `Mass`(質量)とは? `Unit_Gen`(ユニット生成)とは?

 まるで、開発中のスパゲッティコードを見せられているようだ。何が起きるか分からない恐怖。だが、このまま何もしなければ餓死するだけだ。


(……動作テストを行うしかない)


 彼は震える指で、一番コストが低そうなコマンドを選択した。


`> run Unit_Gen --min_cost`


3\. 実行時エラー(Runtime Terror)


 コマンドが受理された瞬間。

 背後の空間が、\*\*「バリバリバリッ!」\*\*と音を立てて歪んだ。


「ひっ……!?」


 神谷は無様に腰を抜かし、後ずさった。

 魔法のような光ではない。空間そのものがミキサーにかけられたような、物理的な破壊音。

 何もない空中から、泥のような、あるいは内臓のような有機物が「絞り出されて」いく。


 オゾン臭。腐敗臭。

 そして、**ボトッ**、という湿った音。


 床に落ちたのは、青白いゲル状の塊だった。

 直径50センチほど。半透明の膜の中に、血管のような管が脈打っている。


「……な、なんだこれは……バイオハザード……?」


 神谷は口元を押さえた。吐きそうだ。

 それは、ゲームのスライムのように可愛らしいものではなかった。実験室で培養に失敗した肉塊のように見えた。


 塊が、ズルリと動いた。

 神谷の方へ向かってくる。


「来るな! 停止! ストップ!」


 叫んでも止まらない。神谷はパニックになり、足元の石を拾って投げつけた。

 石はゲルにめり込み、溶けて消えた。

 捕食機能がある。


(食われる……!)


 死の恐怖が脳を支配する。

 だが、塊は神谷の靴の先でピタリと止まった。

 そして、犬が主に擦り寄るように、震えながら待機状態に入った。


```text

> Unit_01: DEPLOYED

> STATUS: Idle (Awaiting Instruction)

```


 コンソールに文字が出る。

 神谷は荒い息を吐きながら、壁に背中を預けた。心臓が痛い。


「……こいつは、敵じゃないのか? 私の制御下にあるのか?」


 彼は恐る恐る、靴先でゲルをつついた。反応はない。

 これは生物ではない。「有機的なドローン」だ。

 そう定義づけることで、彼はなんとか正気を保った。


「……理解不能だ。だが、再現性は確認できた」


4\. エラー・ハンドリング(Error Handling)


 その時、視界の中央に巨大な警告ウィンドウがポップアップし、視界を遮った。


```text

[ CRITICAL ERROR ]

Output Stream Not Found.

Data overflow in buffer.

Connection to IDA Relay required immediately.

```


 **ビーッ! ビーッ!**

 脳内に直接響くアラート音。頭が割れそうだ。

 ウィンドウを消そうとしても消えない。


「くそッ、うるさい! なんなんだ!」


 `IDA Relay`。それが何を意味するのか、神谷には分からない。

 だが、エンジニアの直感が告げている。

 『ログの出力先がないため、バッファが溢れている』というエラーだ。

 このまま放置すれば、システムダウン(=自分の死?)に繋がるかもしれない。


「接続すればいいんだろ! 接続すれば!」


 彼は苦痛から逃れるために、そのエラーメッセージの下にあるボタンを叩いた。


`> Connect to Global Stream [Y/N]`


「イエスだ! さっさと繋げ!」


 **[ CONNECTING... ]**


 アラート音が止んだ。

 静寂が戻る。

 神谷はその場にへたり込んだ。冷や汗でシャツが張り付いている。


「……なんなんだ、ここは。地獄か?」


 彼は知らない。

 今、彼が接続したのは「ログの保存先」ではなく、\*\*「全世界へのライブ配信サーバー」\*\*であることを。

 そして、IDAR条約第7条に基づき、彼の居場所(IPアドレス)が国際監視網に登録されたことを。


### 5\. ヌル(/dev/null)


 ――2050年、東京。

 無数に存在するダンジョン配信チャンネルの海。

 その最下層に、新しいサムネイルが一つ、ひっそりと追加された。


 **Channel:** Untitled (No Name)

 **Viewer:** 0


 数分後。

 自動巡回ボット(クローラー)が一つ、迷い込んできた。


 **[ LIVE CHAT ]**

 **Bot\_Crawler\_04:** Indexing new stream...

 **Anon:** 画質暗すぎ。何これ?


 神谷の視界の端に、文字が流れる。

 だが、疲労困憊の神谷はそれを見る余裕すらない。

 彼は膝を抱え、足元の不気味なスライムを見つめながら、震える声で独りごちた。


「……仕様書をくれ。誰か、俺にマニュアルをくれよ……」


 世界はまだ、この男に気づいていない。

 彼が数日後に「人類悪」と呼ばれることになる予兆は、まだどこにもなかった。


```text

> Current Viewers: 1

> Threat Level: G0 (Unknown)

```


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