星は自由を知らない

しずく

第1話 星は自由を知らない

これは、俺の手記だ。

旅の途中で書き溜めた、未熟で、ときどき情けなくて、それでも少しだけ誇りたい物語。


前の世界で生きていた頃、俺は西洋占星術で暮らしていた。

生まれた日時と場所から星の配置――ホロスコープを読み解き、運命を紡ぐ仕事だ。


星の動きは嘘をつかない。

正確で、静かで、残酷で、そして優しい。

どんな闇夜でも星だけは輝いていた。その光が、たまらなく好きだった。


けれど同時に苦しくもあった。

誰かの未来を読むたび、本来背負う必要のない責任が肩にのしかかる。


――星に縛られている。


そう感じた瞬間が、どれほどあっただろう。


それでも星読みをやめられなかったのは、きっと、

星だけは俺を裏切らなかったからだ。


そんな俺はある日、事故に巻き込まれた。

死の間際、最後に思った願いはただ一つ。


――自由になりたい。


星でも運命でも誰かの期待でもなく、

自分の足で、どこへでも向かう自由。


その願いを聞いた“何か”がいた。

天のどこかで光が揺れたような気がした。


気づけば、俺は草の上に倒れていた。


春の陽気のように暖かい風。

見たことのないほど透き通った青い空。

そして頭の奥に残る鈍い痛み。


「……やっべ。ここどこだ?」


声にしても、答える者はいない。

服装も体の軽さも、前の世界とはまるで違う。

毎朝の腰痛さえ消えていた。


のそりと身を起こし空を見上げると、

そこには――巨大な“光の環”が浮かんでいた。


「……なにこれ」


直感で分かる。

この光は天を巡る“力の流れ”だ。


世界そのものが違う。

俺は転生したのだ、と理解するのに時間はかからなかった。


「大丈夫ですか? そこに倒れていたので……!」


振り返ると、一人の少女が駆け寄ってきた。


クリーム色の髪を三つ編みにし、質素な服装。

だがその瞳は、星の光を閉じ込めたように澄んでいる。


「怪我は……?」


「いや、全然。ちょっと寝転がってただけ。うん」


「寝転がるにしては、不自然な姿勢でしたけど……?」


「うまく転んだんだよ」


「逆に器用ですね?」


ツッコミ鋭いな……。

でも不思議と落ち着く声だった。


少女はじっと僕を見つめ、眉を寄せる。


「……あなた、どこから来たんですか?

 その服、この辺りのものではありませんよね」


まずい。

俺はこの世界の常識すら分からない。


少女は続ける。


「もしかして……星喰いに襲われたとか? だとしたら治療を――」


星喰い? 何だそれ。

だが、ここで「転生してきました!」なんて言えるはずがない。


焦った俺は、とっさに口を開いた。


「――記憶が、ないんだ」


少女の目が大きく見開かれた。

次の瞬間、その瞳に深い哀しみと優しさが宿る。


「……そうだったんですね。

 ごめんなさい、無神経なことを言ってしまって」


「いや、気にしないで。俺の問題だから」


「名前は、覚えていますか?」


「あぁ。……カイル。カイル・サジアスだ」


とっさに浮かんだ名前だが、口にした瞬間、妙にしっくりきた。


「カイルさん……。

 まずは街まで行きましょう。案内します」


差し伸べられた手は、驚くほど温かかった。


誰にでも気さくに話す俺だが、

深い話になると逃げてきた。前の世界でも、ずっと。


けれど、この少女の手は――

“逃げなくていい”と告げるようだった。


もちろん、この時の俺は知らない。


この出会いが、星読みの俺を救い、

世界を救い、

そして――俺自身を自由へ導く旅の始まりになるなんて。


知らないまま、俺はその手を取った。


「そういえば、君の名前は?」


「……え?」


「聞いてなかったから」


少女は少し驚いたように微笑む。


「シエラです。

 カイルさん、ようこそ。この世界へ」


その笑顔は、星よりも優しく輝いていた。

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