第2話 襲撃 2

 階段の上から、金属を噛むような足音が近づいてきた。


 歩幅は一定。リズムに迷いがない。


 軍隊の歩き方だ。


 龍雅はケイの首輪を外し、その顎を軽く叩いた。


「噛むなとは言わねぇ。ただ──俺の陰には回るな」


 ケイは低く鳴き、耳を伏せる。

 仕草だけ見れば、ただの柴犬にしか見えない。

 だが目だけは違う。光の届かない穴蔵で生き延びてきた獣の目だ。


 足音が階段の手前で止まった。

 数を数える。二人。三人……いや、四人。


 紅音が息を殺して耳を澄ませた。


「……銃器の音。金属摩擦……。消音器付き……」


 龍雅は小さく舌打ちした。


「最初から殺しに来てるってわけだ」


 暗闇から滑るように影が現れる。

 黒い作業服。軽量防弾繊維のボディアーマー。ヘルメット。

 腕章には、見慣れない意匠の桜。


 紅音が、かすかに顔を歪めた。


「……陸自の"特殊封鎖班"……でも、あれ、ただの国内部隊じゃない。CIAの"黒組"直轄部隊です」


 表の看板は陸上自衛隊。

 実態は、CIAの影の下請け──そんなところだ。


「ご苦労なこったな。院生一人にしては、やたら物々しいじゃねぇか」


 先頭の男は、当然返事などしない。

 任務は「会話」ではない。


 銃口がこちらへ向きかけた、次の瞬間だった。


 闇を裂いて、ケイが飛んだ。


 風圧が逆流し、照明が揺れる。

 稲妻みたいな軌跡。


 呻き声。

 首元から噴き出した血が、白い床に弧を描く。


 一人目が崩れるより早く、ケイは肩に噛みついたまま二人目へ跳び移った。


 二人目が反射で銃を構えた──


「紅音!」


 龍雅が叫ぶより早く、紅音の指先が壁の非常シャッターを叩いた。


 重い金属板が落ち、襲撃者の視界を一瞬だけ遮る。


 その「一瞬」に、龍雅が前へ出た。


「下がれッ!」


 金属トレイを盾のように構え、突き出す。

 弾丸が弾かれ、火花が散った。

 揺らいだ体勢の胸元に、膝を叩き込む。骨の奥で嫌な感触がした。


 二人目が沈む。


 残る二人が階段上からこちらを狙う。

 その照準の先に、紅音の姿があった。


「紅音、伏せろ──!」


 叫びと同時に、上階の照明が落ちた。

 闇が研究棟を包み、非常灯だけが赤く点滅する。


 赤い光の中で、階段上の影が一瞬固まった。


 無線が、低く漏れる。


『……照明が落ちた。誰だ、やったのは』


『任務続行。対象確保を優先しろ』


 聞き慣れた声が、ノイズ越しに紛れた。


 早乙女教授クソジジイの声。


 龍雅は息を呑んだ。


「……マジかよ。ジジイ、お前……」


 教授が敵か味方かを考える前に、研究棟全体に別の衝撃が走った。


 外で爆発。

 壁がきしみ、天井の配管がわずかに歪む。


 紅音が震える声で言った。


「御子神さん……敵、多すぎます」


「わかってるさ。だから──ここで足止め食ってる場合じゃねぇ」


 ケイが血に濡れた牙を光らせ、足元に戻ってくる。


 まだやれる。

 まだ死んでいない。

 まだ、この地下から地上へ上がる余地がある。


 龍雅はX2000を横目で見る。


 ──こいつを失えば、俺の研究も、ケイも、全部終わる。


 ガラスが割れる音。遠くで上がる悲鳴。

 キャンパスの外で、すでに別の勢力が動いている。


 紅音が問うまでもなく、龍雅は決めていた。


「紅音。逃げるぞ」


「……はい」


「ケイ、ついてこい」


 ケイが短く吠える。

 X2000を小脇に抱え、三人と一匹は地下の通路を駆け出した。


 背後で、深手を負った封鎖班の男が呻き声を漏らす。


 だがこれはまだ、「序章」にすぎない。

 本当の地獄は、地上に出てから始まる。

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