第6話 部活選びと帰宅部の逆襲


 四月も半ば。


 学校では、どこもかしこも部活勧誘のビラで溢れていた。


「ひかげちゃん、部活どうするの?」


 昼休み、あかりが弁当をつつきながら聞いてきた。


「どうするって言われましても」

「運動部? 文化部? それとも――」


 あかりが、にやっと笑う。


「帰宅部?」

「その言い方やめて。そこそこ真剣に検討してるんで」


 部活に入れば、確かに青春っぽい何かは手に入るのだろう。

 でも、私は既に寮というカオスを抱えている。

 これ以上、時間と体力を削られる選択肢を増やしたくない。


「でもさー、高校生活でしかできないこと、何かやったほうがさ」

「帰宅部だって、高校生活でしかできないですよ。制服のまま寮に直帰して、もやし炒め食べるとか」

「それはひだまり女子寮限定の特典」


 そこへ、教室のドアが開いて、見慣れた顔がひょっこり顔を出した。


「ひかげちゃーん」

「ほのか?」


 廊下から、ほのかがひょこひょこ入ってくる。

 その手には、何枚かのプリントが握られていた。


「これ、配りに来たの」


 差し出された紙には、大きくこう書かれている。


『生活戦略研究会 新入部員募集中!』


「……何その、就活前倒しみたいな部活」

「違うよ? 節約とか、料理とか、一人暮らしの知恵とかを研究する部活なんだって」


 説明文には、「節約レシピ実験」「ポイ活研究」「家計簿ワークショップ」など、嫌なほど見覚えのある単語が並んでいた。


「これ、もしかしなくても――」

「うん。まどか先輩が所属してる」

「ですよね」


 あかりが、興味津々といった顔でプリントを覗き込む。


「面白そうじゃん、ここ。あたし、こういうの嫌いじゃないよ」

「あかりは絶対楽しめると思うけど、私は将来の生活まで今から直視したくないです」

「現実から目をそらすな」


 ほのかが、プリントをもう一枚取り出した。


「それでね、できればひかげちゃんにも来てほしいって。見学だけでもいいからって」

「圧がすごい」


 まどか先輩の顔が脳裏に浮かぶ。

 家計簿を片手に、キラキラした目で「固定費を削るのが一番効くのよ」と語るあの姿。


「……見学だけなら」

「やった!」

「ひかげちゃん、そういうとこ優しいよね」


 結局、放課後に生活戦略研究会の部室へ行くことになった。



 ◆



 生活戦略研究会の部室は、校舎の隅っこにある小さな教室だった。


 ドアを開けると、そこには既にまどか先輩と――なぜかレイナの姿もあった。


「ようこそ、現実を直視する会へ」

「名前変わってません?」


 部屋の中の黒板には、「今月の特売情報」と書かれた表が貼られている。

 机の上には、家計簿、チラシ、レシートの束。


「わー……ほんとに生活感あふれる部室……」

「ほめ言葉として受け取っておく」


 レイナはというと、隅っこの机で何かを書いていた。


「レイナ先輩は?」

「私はここで、『低予算でも世界の終焉を感じる暮らし』を研究している」

「そんなニッチな研究テーマ初めて聞いた」


 まどか先輩が、部室の一角を指さした。


「こっちが『節約・ポイ活班』、あっちが『自炊・レシピ班』、で、レイナが勝手に作った『心の闇とどう向き合うか班』」

「最後だけジャンル違い過ぎません?」

「心が折れると、節約も続かないから」


 妙に説得力のある補足をしないでほしい。


「で、今日はね」


 まどか先輩が、にやっと笑った。


「『帰宅部を名乗りつつ、実質ここの準構成員になる』っていう選択肢を提案したくて」

「なんですかその都合のいいハイブリッド」


「正式に部活にしちゃうと、活動報告とか面倒でしょ。だから、この会はあくまで『同好会』扱い。部費もほとんど出ない代わりに、自由参加」

「つまり、たまに来て情報だけもらって帰る、みたいな」

「そうそう。帰宅部を名乗りつつ、ちゃっかり生活スキルを上げていく。悪くないでしょ?」


 確かに、義務でガチガチに縛られないのは魅力だ。

 それに、どうせ私は寮に戻っても、もやしとポイントカードに囲まれる生活だ。


「……じゃあ、『帰宅部(たまに生活戦略研究会寄り道コース)』で」

「契約成立」


 まどか先輩が、やたら嬉しそうに手を叩いた。


「じゃ、さっそく今日のテーマ。『一週間五千円チャレンジ』」

「いきなりハードル高いテーマ来ましたね?」


 黒板に書かれた金額を見て、思わず頭を抱える。


「一週間、食費を五千円以内に抑えつつ、ちゃんと必要な栄養も取る。どう工夫するか、みんなで考えるの」

「ゲーム性あるって言えばあるけど……」


 あかりが、キラキラした目で手を挙げた。


「やるやる! そういうの、燃える!」

「さすが陽キャ、ノリがいい」


 こうして私は、帰宅部を名乗りながら、なぜか生活戦略研究会の「実質メンバー」として巻き込まれていくことになった。


 静かな放課後のはずが、チラシと家計簿と現実にまみれた日々になるとは。


 ……まあ、これも高校生活の一部ってことで、いいか。


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