笑顔の破壊力が物理的な破壊力!

ぽこむら とりゆ

笑顔の破壊力 lv.1

 私が覚えている1番古い記憶は、私を見つめる父と母の怯えた顔。自分が何歳だったかまでは覚えていないけれど、まだ言葉も話せない赤子の頃だった。


 両親から不安な気持ちが伝わってきて、それが怖くなって泣いた。


 私が泣くと、両親は少し安心したような、ホッとした表情をしていた。

 

 物心つく頃には、目は悪く無いのにいつも分厚い眼鏡をかけて、髪も目にかかる程伸ばし、できるだけ目を隠しながら過ごした。


 私は生まれてから、今まで両親以外の人間に素顔を見せたことは無い。


 その両親も幼い頃に数回見た程度だと思う。


 私は明らかにこの世界で異端な存在だった。


 私には[笑顔を向けた場所を壊してしまう]という能力が生まれつきあったらしい。


 赤子の頃に両親にあやされて笑った私が、天井を破壊したことが原因で発覚したようで、試行錯誤した結果、私が裸眼で直接視界に入れない限り破壊は起こらないというところまで両親はつかみ、それ以来眼鏡が必須になった。


 この眼鏡は普通の眼鏡より厚みがあり、横目で物を破壊しないように、ゴーグルのように目の前から横まで覆われているタイプで、かけている間の違和感が苦手だったけれど、家の中で外すわけにもいかないので、自然と、家から少し歩いた森の中の大きな木の下で眼鏡を外し、1人で本を読むことが日課になった。


 眼鏡を外すと少し緊張した。


 私が、くすりとでも笑えば周囲の何かが壊れてしまう。


 一度森の中で、よくある王子様とお姫様の幸せな人生が描かれた本を読んだ時、あまりに幸せそうな2人を微笑ましく思い、クスッと笑ってしまったことがあった。


 その時、読んでいた本が跡形もなく吹き飛んだ。初めて自分の能力を見た瞬間だった。


 私は両親から、


「あなたは何かを見て笑ってはならない。大事なものなら尚更。生涯眼鏡をかけて過ごしなさい」


 と耳が痛くなるほど言われていた。


 わかっていたのに、油断して笑ってしまったあげく、本まで失うとはなんて馬鹿なんだろうと悲しくなって、その日は暗くなるまで森の木の下で泣いた。


 もちろん友達はいなかった。


 みんなが通っている幼稚園や学校にも通えなかった。


 両親は私の事を聞かれると「娘は内気で家から出られない」と言っているらしい。


 それで誤魔化せているのかは疑問だけれど……。


 ここまで聞くと、なんて不幸な人生なんだと思われるだろうけど、私は幸せだった。


 前髪を伸ばし、分厚い眼鏡をかけて両親以外の人間には一切会わずに生きていたけれど、私は両親から愛されていた。


 母は時折泣きながら私を抱きしめてくれた。


 父は色んな分野の本を私にプレゼントしてくれた。

 

 2人はとても優しく温かい人たちだった。


 何よりありがたかったのは、こんな稀有な能力を持って生まれた私を家に置いてくれていることだった。


 国の研究機関に引き渡されてもおかしくないし、一緒にいるだけで気力を消耗するような存在なのは自分でもわかっていたから。


 こんなにも素晴らしい両親から、自分のようなお荷物が生まれたんだと思うと申し訳ない気持ちになった。


 眼鏡をかけている時なら、笑っても大丈夫だとわかっていても、怖がる両親を見ていたから、私は両親の前で笑うことは無かったし、一緒にご飯を食べたり、同じ部屋で過ごすなんて事もしなかった。


 話をするときは、淡々と要件だけを伝え、聞いた。


 二人は、もっと話がしたいと沢山話しかけてくれたけれど、何かと理由をつけて部屋に引きこもった。


 両親が、寂しそうな顔をするのを見るのが辛くても、それが最善だと思った。


 朝起きて、部屋の前に用意されているご飯を食べ、部屋で昼ご飯までの間勉強をする。


 お昼を食べたら、父にもらった本を持って森へ行き、体力作りに散歩やランニングをしてから大きな木の下で本を読む。


 日が暮れてきたら、家に帰り晩ご飯を食べて、お風呂に入り、布団に入る。


 毎日同じことを繰り返しているだけの日々だが、私は満足していた。変わらない毎日の中でも読む本は変わっていく。


 私は、本を読むことで違う人生を擬似体験していた。


 不満なんてなかったけれど、両親は私の人生が本を読むだけで終わってしまうんじゃ無いかと心配していたようで、ある日、部屋の扉をノックしてきた父が、渡したいものがあると私をリビングに呼び出した。


 リビングに行くと、ダイニングテーブルの上に、一冊の本が置いてあった。


 父と母がダイニングの椅子に腰掛け、私は2人の向かいに座った。


 テーブルに置いてある本をよく見てみると、真っ黒な表紙に白っぽい点がいくつか描かれている美しい本だった。見た感じ、ページ数は少なそうだ。


 私が

「この綺麗な本は何?」と聞くと、


 父は

「この本には異世界に行く方法が書かれている」


 と言った。


 その瞬間リビングの空気がピリつく感じがした。


 父は何を言っているんだろう。


 異世界。


 ファンタジー小説によく出てくるあの異世界?


 現実に起こり得るのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「れいるにはこの世界は生き辛いんじゃないかとずっと思っていたんだ」


 と父が続けると、父の隣で母が顔に手を当てて泣きだした。


 これは本気だ。 

 父はこんな冗談を言う人ではない。だけど……。


「私に異世界に行って1人で生きろって言いたいの?もし、お父さんが言うように、この本に異世界に行ける方法が書いてあるとしても、どんな世界に行けるかなんて選べないんでしょ?こわいよ」


「選べる」


 父が即答した。


 ん?どんな異世界に行くか選べる?


「この本には色んな異世界の事が記されている。その中から、れいるが行きたい世界を選んで行けるんだ。れいるにその力があっても大丈夫そうな所を選んで、良い仲間に出会って、恋もして、笑って幸せに暮らしてほしい」


 父は目に涙を浮かべながら言った。


 母は泣きすぎて、鼻水を拭いたティッシュが机に山積みになっている。


「私達はれいるを隠して育てるしかできないの。れいるに世界を見せてあげられない。外出をしてもれいるを絶対に守ってあげられる自信もないの。お父さんとこの16年間沢山れいるの話をしたのよ」


 母は目を真っ赤にしながらもしっかり私と目を合わせて、声を震わせ、嗚咽を交えながら話した。


「父さんも母さんもれいるをどうしたら幸せにできるかを考えていた。この本は1週間前に、れいるに贈る本を探してたまたま入った古本屋で見つけたんだ。何度か行った事のある店だったけれど、見た事のない店員が父さんに『異世界への行き方が書かれている本です。必要じゃないですか?』と言って手渡してきた。さすがにその設定は無理があるだろうと思ったんだが、本の中身を見て本物だと確信した。店員にこの本の値段を聞こうと振り返ると、もう父さんは家の前にいた。にわかには信じられないだろうが、それから1週間、母さんと話し合って、れいるは異世界で暮らすべきだという結論に至ったんだ」


 父は一気にまくしたて、喉がカラカラになったようで、席を立ち水を飲んだ。


 その話を聞いて、私は不安よりも、未来への希望とまだ見ぬ世界へのわくわくが生まれてきた。


 正直私は色んな本を読んで、ずっと異世界に憧れがあった。


 剣と魔法、特別な力を秘めた主人公。


 勇者や聖女。


 両親といる家と、森の中の大きな木の下の往復という小さな世界で生きているれいるには、魅力的で神秘的な世界。


 行きたい……。


 世界が選べるなら尚更……。


「私がいなくなったらこっちの世界の手続きはどうするの?」


 自分がこの世界から消えてしまったら、両親が私をどうにかしたと勘違いされるんじゃないかと不安になった。


「まずは本を開いてみて」母が本を私に差し出した。


 本を受け取った私はあまりの軽さに驚いた。


 見た目だとページ数こそ少なそうに見えるが、装丁はしっかりしていて、高級感が漂っていたからだ。


 表紙をよく見てみると、黒と紺が混じり合った中に、白っぽい丸いものが6個描かれていた。


 近くで見て、やっとこれは宇宙で、6個の白い丸は星だということに気付いた。


「じゃあ開くよ」


 そう言って私は恐る恐る本を開いた。

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