第4話

昇は、KAZUMAから送られたメッセージを、何度も見返した。


KAZUMA: 次は、お前を奴隷として繋ぎ止めている『鎖の管理者』をターゲットにしろ。最も無意味な会社の儀式を晒せ。それが、お前が真に自由になった証明だ。


ターゲットは、直属の上司、そして会社そのものだった。昇の心臓は警鐘を鳴らしていたが、数ヶ月で手に入れた数十万人のフォロワーと、高級腕時計の輝きが、その警告をかき消した。


(俺は、もう奴隷じゃない。俺の価値は、この会社が決めるフォントなんかじゃない。俺は、この世界を変えるバタフライ・エフェクトだ!)


昇は、次の日の朝礼をターゲットにした。毎朝行われる、内容が完全に空虚な「クレド(企業理念)」の朗読。これは、社員全員の「魂の奴隷契約」を再確認させる、最も無意味な儀式だった。


昇は、朝礼の直前、会社のトイレの個室に身を潜めた。そして、SNSに、これまでで最も破壊的な「本音」を投稿した。


大空昇@真の自由を掴む男:


【さよなら、洗脳地獄】今から俺が朗読させられる企業理念(クレド)は、フォント統一マニュアル並にクソ無意味。こんな無駄な儀式に時間を浪費してる奴らが、真の搾取層。お前らの洗脳は、もう効かない。俺は、お前らのシステムを外からぶっ壊す。#真の解放 #バタフライエフェクト完了


投稿ボタンを押した瞬間、昇の背中の翼は、限界を超えたエネルギーで光り輝いた。彼は、太陽の熱を浴び、成功の頂点に到達したと確信した。


そして、彼は個室から出て、会議室に向かった。クレドの朗読が始まる。


「一、私たちは、常に真摯に……」


昇は、優越感に満たされながら、その言葉に真面目に頷いた。


その時だった。


上司の直属の秘書が、音もなく近づいてきた。彼女は、昇の耳元に、冷たい声で囁いた。


「大空さん。常務がお呼びです。すぐに人事部に。あなたの社用パソコンの電源は、すでに落ちています」


その言葉は、まるで太陽の熱で蝋が一瞬で蒸発したかのように、昇の耳に届いた。


炎上したわけではない。誰かに直接非難されたわけでもない。会社という巨大なシステムは、最も冷酷で論理的な方法で、たった一人の「異物」の存在を抹消した。


昇は、人事部で、自分のSNSアカウントが『会社への信用毀損および守秘義務違反』として既に凍結され、同時に懲戒解雇が決定したことを知らされた。


「翼」は溶け落ちた。昇が築き上げた、フォロワー数十万人の世界も、月収100万円の約束も、一瞬でゼロになった。彼の手元に残ったのは、高級腕時計のローンと、炎上した過去だけだった。


(これが……破滅……)


会社という太陽に近づきすぎたイカロスは、海に落ちるように、社会という名の冷たい水の中に沈んでいった。


数週間後。


昇は、自室の床で、高級腕時計のローンの支払い通知書を眺めていた。SNSアカウントは凍結されたまま、KAZUMAとも連絡が取れない。彼は、自分の人生を懸けた「本音」の翼が、いかに脆い蝋でできていたかを痛感していた。


その時、スマホが通知を鳴らした。


KAZUMAの新しい動画だ。タイトルは、『失敗した奴隷たちへ。次の成功者は君だ!』


昇がタップすると、高層ビルの最上階でグラスを傾けるKAZUMAが映し出された。彼は、昇のような「失敗者」を嘲笑うことなく、優しく語りかけた。


「失敗した奴隷たちよ。お前たちは、まだ『真の自由』を理解していない。お前たちは、太陽(成功)に近づきすぎた。俺は言ったはずだ。翼は脆いと。次は、その翼の脆弱性を理解した、新たな方法で、空に昇れ。さあ、俺の次の講座に来い!」


昇は、そこで初めて悟った。


自分はKAZUMAの言う『奴隷』から解放されたのではなく、KAZUMAの『商材』になるために、過信という名の翼を付けさせられていただけだと。

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