第2話
週末の夜。昇は、KAZUMAの『限定無料セミナー』が開かれる、都内の一流ホテル最上階のレンタルスペースにいた。会場は、昇と同じく疲弊した眼をしたサラリーマンや主婦で溢れていた。誰もが、現実の労働から一発逆転で抜け出せる「翼」を求めている。
会場の照明が落ち、高揚感のあるテクノミュージックが大音量で鳴り響いた。
「Are you ready to change your life!?」
スポットライトの中、真っ白なスーツに身を包んだKAZUMAが、まるでロックシンガーのように現れた。その輝きは、昇が日頃浴びる蛍光灯の光とは、文字通り「次元の違う太陽」の光だった。
「お前たちがここにいるのは、知っているからだ!報われない努力は、ただの奴隷契約だと!」
KAZUMAの声が響き渡る。彼は、昇が昨夜まで戦っていた『フォント統一マニュアル』の不条理を、寸分違わず言語化していた。昇は、まるで自分の苦しみを理解してくれる救世主を見つけたかのように、熱い涙が滲むのを感じた。
「なぜ、お前たちの努力は報われない?なぜなら、お前たちは『自分』を隠しているからだ!会社では『真面目なフリ』、SNSでは『共感性の高いフリ』。その『フリ』に使った時間は、すべて無駄な労働だ!」
KAZUMAは、昇を指差した。もちろんランダムな演出だが、昇には自分だけが選ばれたように感じられた。
「お前が真に稼ぐ方法はただ一つ!それは『本音』だ!自分の欲望、会社への不満、世の中への怒り、すべてを剥き出しにしろ!それが『エモい共感』を生み、金を生む!」
昇は、KAZUMAの言葉が、自分の背中に熱い蝋を流し込み、硬い翼を形成していくのを感じた。
「俺の教える『ネクスト・バタフライ・エフェクト』は、小手先のテクニックじゃない。お前たちの魂を晒すという、最も危険で、最も脆い翼だ。だが、その翼で空に昇る覚悟があるか!」
会場全体が熱狂的な拍手に包まれた。その場で、昇は高額な本講座への申し込みボタンをタップした。昇の目の前で、KAZUMAは勝利を確信したような笑みを浮かべた。
その夜、昇は帰宅するなり、KAZUMAから指示された最初のタスクを実行した。
「まず、お前が最も嫌いな『無駄な努力』について、過激な本音を世の中にぶつけろ!」
昇は、今まで本業で押し殺してきた感情を、キーボードに叩きつけた。
大空昇@真の自由を掴む男:
【会社なんてクソ食らえ】毎日フォントの統一とかいう無駄な仕事で人生を削るサラリーマンは、全員奴隷。真面目な奴ほど搾取される時代は終わった。俺はもう、上司の顔色を伺わない。#退職代行 #副業の翼 #自己啓発詐欺に騙されるな
投稿ボタンを押した瞬間、心臓が爆発しそうになった。恐怖よりも、抑圧されていたものが解放された高揚感が勝った。
(これが、エモさか……!こんなに簡単に、自分の価値を証明できるのか!)
翌朝、会社で上司の顔色を伺いながら、昇はこっそりスマホを見た。通知が鳴り止まない。数時間で、フォロワーは数千人に増え、コメントは数千件に達していた。
『フォント統一、めちゃくちゃわかる!』『最高の代弁者です!』『これは本物!』
昇の背中の翼は、たった一晩で、周囲が羨むほどの大きな翼へと成長していた。
昇は、自分の席で、昨日まで戦っていた『週報フォーマットのフォント統一化に関するマニュアル』を、破り捨てるようにゴミ箱に投げ入れた。
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