第4話 ウィード家3姉妹

 不思議な興奮と緊張で過ごした一夜が明け、小鳥のさえずりが朝を告げる。天気は昨夜と打って変わって、青空が広がっていた。

 昨夜まで降っていた雨の香りがまだ地面に残る庭を抜けて、木造建築の簡素なカントリーハウスに足を運ぶ。

「ここが私達三姉妹共通のお屋敷よ。私も幼い頃はここで乳母に育てられたわ。今は主にフィアナが住んでいるの」

 別邸の扉を開けるとそこには少女が待っていた。

「げぇ……お姉様はこんな奴のために10億も借金したの」

「もうレイシア初対面の人にそんなこと言わないの」

 レイシアの雰囲気は緋色の炎と言った感じで鮮やかな赤髪を後ろで一つ結びにして、瞳はレオンへ火の玉の如く投げつけるそんな目つきをしていた。服装も赤いドレスで炎をその身に纏っているようだ。

「ごもっともだと思うぞ」

 そんな会話をしているとレイシアの背後からさらに背丈の小さな少女が顔を出す。その子はレオンを見るなり彼に駆け寄ってきた。

「フィアナは男の人初めて見たかも」

自分のことを名前で呼ぶ彼女は無邪気にそう言った。フィアナの姿は森の妖精のようで背丈が小さく黄緑色の髪をショートヘアにし、サファイアのような瞳を輝かせてレオンのことを、お兄ちゃんと待望の対面を果たした時のような目で見ている。ピンク色のかわいらしいドレスが彼女の健気さを一層引き出していた。

「これから4人一緒に仲良くしていきましょうね」

「はーいフィアナ仲良くします。ねえねぇ君のことお兄ちゃんって呼んでも良いですか」

「まぁ一応これから家族になるんだし、別に良いぞ」

「やった! お兄ちゃんありがとう」

「アタシは呼ばないからね!」

「なに張り合ってんだよ。見たところレイシアとは年齢が近いからお前にお兄ちゃんと呼ばれるのは避けたいな」

「気安く名前を呼ばないで」

「じゃあなんで呼べば良いんだ?」

 レオンが聞くと、レイシアは黙って考え込む。

「……アンタ奴隷として売り出されたみたいじゃない。だったら私のことお嬢様と呼びなさい」

「はい、はい分かりましたよお嬢様」

「投げやりに言わないの。アンタとアタシは今から主従関係なんだから、もっと敬意を込めて言いなさい」

「尊敬を貰いたければ、尊敬に値する立ち振る舞いや言葉遣いをすることだな」

「従者のくせに生意気な……」

 そのやりとりを見ていたアンリが凛々しい顔になりレイシアを叱りつける。

「ボクの前で生意気な口を聞くのは誰かな?」

「ひゃあ、申し訳ありません。ジュリス様」

 ジュリスとレイシアの会話を聞いてレオンは察する。

「お前、ジュリスに恋しているだろう?」

「はぁバカなこと言わないで、実の姉に恋するわけないじゃない!」

「そうですね。お嬢様」

「腹立つ言い方しないでくれる?」

「じゃあなんで顔まで赤くしてんだ」

「これはアンタに対して怒っているからよ」

「うーん……フィアナはともかく、レイシアとの仲は前途多難のようね」

「誰のせいだと思って……」

「何か言ったレイシア?」

「なんでもありません!」

「何よ気張っちゃって」

「罪な女だな」

「レオンどういう意味?」

「ねぇねぇ、みんなどうしたの? フィアナと仲良くしようよ」

 そんな感じでレオンはウィード家の三姉妹と初対面を終えた。


「さて、これからどうしようかしら。レオンは冒険者としての仕事を続けたいって言ってたけど」

「やっぱり難しいのか?」

「レオンが冒険に出ること自体は問題ないわ。ただ貴族であるウィード家は冒険と縁がないのよね。資金援助するくらいで」

「その資金援助も借金でできなくなったけどね」

「もうレイシア嫌なこと思い出させないでよ」

「フィアナは冒険してみたい」

「フィアナにはまだ早いんじゃないか?」

「そうなのよ。お母様にも『三姉妹の協力がウィード家存続の基盤』と言い聞かされて来たし、仮に私たちが冒険に出たとしてフィアナを1人にはしたくないわ」

 その言葉には末っ子を大事に思う長女の気持ちが垣間見えた。

「貴族は本来。国軍の指揮官として育てられるけど、女性貴族の私たちは例外なの。おかげで戦争に行くような心配はしなくて良いのだけれど」

「戦い方を知らないわけか。でも格闘が得意って言ってなかったか?」

「それはジュリスの方よ。淑女たる私がそんな野蛮な真似するわけないじゃない」

 その言葉を聞いてレイシアが呆れた顔になる。

「本当はジュリス様にもそんな野蛮な真似はしてほしくないんだけど……」

 そう言ってレイシアは姉であるアンリを睨む。

「怖い顔しないの」

 そんな話を聞きつけたかのように、部屋の扉が3回ノックされ。昨日出会った黒髪の女執事が入って来た。

「お話中失礼致します。アンリ様。 フレイル様より結婚披露宴の招待状が届いております」

「あら、どのツラ下げて送って来たのかしら」

「どうしたアンリ怪訝な顔をして」

「アンタ知らないの。フレイルは第一皇子の婚約者よ。ついこの前、教会で結婚式があったでしょう」

「あぁそういうことね。たぶん俺はその時、冒険に出てていなかった」

 つまりこの招待状は第一皇子の元婚約者に現在の婚約者が送りつけたものということだ。

「そりゃあアンリも怒るな」

 さすがのレオンもこれには同情するしかない。アンリの心中は昨夜の雨のようになっていた。

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