第23話 心臓と巨大な鷹

 テントが焼き払われ、シーラとウィザードメンの面々は外を見渡せるようになった。サンの視界に、体を震わせる一人の美しい女性が入る。紫色のドレスから、サンはその正体を即座に理解する。


「驚いたな。まさか、あの女が生きていたとは」

言いながら、サンは黒猫の方に視線を切り替える。

「捕まえろ」

 サンが冷酷に告げると、黒猫は猛々しく地面を蹴り、エイコの方へ跳ぶ。エイコは後頭部を押さえつけられ、地面に組み伏せられた。


 しかし黒猫は違和感を抱く。突如、黒猫は藻掻くエイコの胸周りを探る。

「見てください、サン様。彼女、持っていますよ!」

 エイコのドレスに黒猫の手が差し込まれ、握りこぶし程度の大きさがある宝石が取り出される。宝石は、晴天の眩しさ、或いは晴れた昼の海に近い、青い輝きを放つ。


 ハート型サファイアだ。魔法使いたちは何度も顔を見合わせる。

「これが、王の心臓…!」

 シープがサファイアに負けないほど目を輝かせ、呟く。彼の言葉を皮切りに、アビスやデストレーザーも秘宝を掲げる黒猫に近づく。


「諸君、いつになく楽しそうじゃないか」

 サンが淡白に言うと、魔法使いたちは黙り込んで足を止める。アビスは深いため息をついた直後、エイコの方へと踏み出し、彼女を見下ろして話し始める。

「全く、お嬢さんが持っていたとはな。悪知恵だけは一丁前じゃないか」

「中々やるでしょう?人を欺くのには自信があるのよ」

「誰が褒めた?」

アビスは余裕ぶって答えるエイコを威圧する。だが彼女は恐れず、甘い声で続ける。

「本当に、呆れちゃうわ。こんなお金にしかならないものに必死だなんて、お馬鹿な子たちだこと…」

 エイコは、彼らにとってサファイアが如何に価値の高いものか分かっている。


 サンはエイコにゆっくりと近づく。エイコの顔に、サンが無情にも手を乗せようとした時のこと。


 鈍色の何かが、羽ばたく音を上げながら急降下してくる。鈍色は、くちばしで荒々しくサンをつつく。鷹だ。どこからともなく現れた巨大な鷹が、魔法使いたちの邪魔に入った。


 黒猫が鷹を掴み、加減せず握りつぶす。だが黒猫の手に伝わるのは、肉が潰れる感触ではなく、木が砕ける感触。奇怪にも、鷹が樺の木人形へと変わっていく光景に、黒猫は目を奪われている。隙を突いてエイコはサファイアを持ち直し、曲がり角目掛けて走る。

「逃げられると思うのか!」

 すぐに黒猫が追いかける。しかし。


 茶色いコートとスーツを纏い、地面に杖を突く若い男が立ち塞がる。黒猫は男を押し退けて走るが、奇怪なことが起きる。


 いくら黒猫が走っても、エイコは離れていくのだ。視界が移動せず、同じ場所を走らされ続けているような感覚に陥る。茶色スーツの男は、一定の間隔で杖を突き続けている。黒猫は痺れを切らし、男の方を向いて荒々しい声で問う。

「私に何をした?」

「私はイーノック。あなたたちの目的については聞いています。認められないので、邪魔させて頂きますよ」

イーノックは自らが纏う茶色いコートの中を探り…


 ハート型サファイアを取り出した。エイコが持ち去ったはずのものが、すれ違ってもいないイーノックの手に渡っているのだ。奇怪ながら奇跡とも捉えられる出来事を前にした黒猫は、思わず目を輝かせてしまう。


「随分と楽しそうだが…まさか、偽の魔法に魅せられたわけではないだろうな?」

 追い付いてきたサンが、黒猫を威圧する。それまでの彼女に対する撫で声から一変して、「自分に従わないのなら見捨ててやる」と言わんばかりの冷たさを露にする。黒猫は、イーノックが作り出した魅惑の空間から引き戻され、みるみるうちに表情を歪ませる。

「残念ですな、お嬢さん。先ほどの笑顔は、本当に素敵だったのに…」

呆れたように告げるイーノックに、黒猫の鋭い拳が連続で襲い掛かる。しかしイーノックの体は蜃気楼のように揺らぎ、拳を受けることは無い。黒猫は何度も拳を振るが、どれも何もない空間を空振りするだけだ。イーノックは不敵に笑い、黒猫の鋭い目と真っ直ぐに向き合う。彼の表情に恐れは無い。

「見抜けるものか、試してみますか?」


 そう言うとイーノックは杖で地面を突き、トパーズ色の光と共に姿を消す。黒猫が見回すと、その姿は彼女から十数歩分の離れた場所に移動していた。黒猫がそこまで走ると、またイーノックは杖で地面を叩き、トパーズ色の光を放ちながら離れていく。黒猫は我を忘れて敵を追い、サンから離れてしまう。


 サンはやがて、エイコが逃げていった道を踏み出す。彼の足取りは一歩一歩が重い。道の先にいる敵を捕らえ、滅してやると確固たる意志を露にしている。場に残った魔法使いたちから離れる前に、サンは告げる。

「秘宝を探しておけ。我らを侮辱した彼女は、この手で消し炭に変えねば気が済まん」


 シーラはまだ魔法使いたちに囲まれており、どうとも動けない。彼女がカリナの無事を案じていると、ワイズが口を開く。

「私がこの女を監視しよう。迷っていないで、サン様の御意思を果たそうじゃないか」

ワイズの指示を聞き、魔法使いたちは会場の各地へ散る。シーラはワイズの手で背中を乱暴に押され、南広場への道を進まされる。彼女の足元には、黒猫の手で粉々にされた木の人形が無残に落ちている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る