第15話 勇敢で臆病なハト使い
アビスは杖を拾い直し、ウィリアムに殴りかかる。しかしウィリアムは振られた杖を軽い動作でかわし、逆に彼の腹部に強烈な肘鉄を入れる。肘鉄の鈍い音が響き、アビスは苦い声と共に地面に杖をつく。ウィリアムはゆっくりと構え、アビスに余裕を見せる。
ウィリアムが追撃するより先に、アビスは再び自らの凶器を振るう。ウィリアムは右手で警棒を取り、杖の一振りを受ける。更に空いた左手でアビスの杖を固く掴むと、彼の胴に警棒を何度も打ち込んでいく。一撃ごとにアビスは声を上げる。やがて、ひと際強烈な一振りがアビスの腹を打った。彼は何周も地面を転がって倒れるのと同時に、杖を放るように落とした。ウィリアムは倒れたアビスに近づくと、深手を負った相手に降参を強いる騎士のような仕草で警棒を向ける。
「そろそろやめておけ。君達の望みは叶わない」
アビスは腹の裂けるような痛みとウィリアムへの憎しみ故に、歯を食いしばって顔を上げる。数秒の間の後、アビスは勢いよく立ってウィリアムの首を絞めにかかる。しかしウィリアムは、なんと警棒を放り落とし、アビスの間合いをくぐる。そして余裕の動作を保ったまま、ポケットから鉄製のナックルダスターを取り、右手の指に通す。アビスは再びウィリアムに手を伸ばすが、もう動きに俊敏さは無い。
地面に大きな何かが落ちる音。アビスは言葉を発さず倒れ込み、ウィリアムの方はナックルダスターをつけた右腕を真っ直ぐに突き出していた。ウィリアムは構えを解くと、右手の武器を外す。
「ショーの守り人とは、俺のことよ」
彼は終始余裕ぶっていた。ウィリアムに見入っていたクアンは恐怖することを忘れ、彼に憧れていた。ウィリアムは倒れたアビスの両手を背の中心辺りに持ってくると、落ち着いた手つきで手錠をかけた。
クアンは今いる場所についてウィリアムに問う。彼曰く、ここはウィザードメンに荒らされたスタッフ控室の地下らしい。そして彼自身は連絡係であるサイラスから異常事態の通報を受けて調べに来たという。
ウィリアムはアビスを連行したいと言った。
階段を上がると、クアンも良く知った会場の風景が見える。東広場の端に立つ高い灯台を目印にすると、彼女はベストの胸ポケットから地図を取り出し、自分たちの場所を探る。
「成程ね…中心広場に繋がる辺りに出た訳かな?」
あちこちにブースが設置された路地を、クアン達は見回す。悲しいことに、それぞれのブースを持ち場としていたマジシャン達の姿はない。
「ショーは終わっちまったのか?まだ日は上り始めたばかりだろうに」
マーヴィンが冗談らしく言うのを、クアンは悲しげに見た。一方ウィリアムは曲がり角の先を恐る恐る覗くと、走って退く。
人形の数々が、クアン達を待ち構えていると分かる。マーヴィンも顔を強張らせる。
だが唯一、クアンだけが笑っている。
「ありがとう、マーヴィンにウィリアムさん。ここまで来れば、私も役に立てる!」
クアンは右手の親指を唇越しに咥え、思い切り吹いて音を出す。
「何やってんだ、あんた!?」
音に気付いた人形が近づく足音。ウィリアムが思わずクアンに声を上げた。それでも、クアンは不敵に笑い続けている。彼女の笑顔の理由は、間もなく現れる。
「でも、もう少し、お二方の力を借りるね」
彼女はベレー帽を深く被り直し、そう呟く。
口笛の音が終わって間もなく、すっかり彼女の耳に馴染んだ羽ばたきの音が、再び聞こえて来る。人形たちはいち早く、何かの気配を察知する。白く小さい姿が、人形たちの隙間を潜り抜けていく。クアンの相棒ハト…イゴールが、主人の危機に駆け付けた。
人形たちはイゴールに武器を振るが、マーヴィンが投げた鉄球で倒される。しかし敵の数は多く、その間にクアンも4体の人形に取り囲まれる。クアンは左手の薬指を軽く噛み、先ほどより少し高い音の口笛を吹く。飛んで駆け付けたイゴールが人形の内一体に体重をかけ、体幹を崩させる。隙を突いてクアンは人形たちの槍先をかわすと、自分を囲む輪から抜け出す。
ウィリアムがリボルバー銃で一気に人形たちを撃ち抜くと、不気味な動きは止まった。イゴールがクアンの右肩に乗ると、クアンは微笑み返す。マーヴィンは鉄球をベルトに戻し、ウィリアムは銃をホルスターにしまい直す。
「イゴール!今日もカッコいいよ!いつもありがと!」
イゴールは、クアンが取り出した乾燥豆を夢中でついばむ。
クアンは自分の前で羽ばたくイゴールの仕草から、人形たちが密集している地帯を抜け出す道を知る。クアンはマーヴィンとウィリアムを連れ、道を辿り始める。
彼らの助けになれると思えば、足取りは軽かった。逃げ切った後で二人が感謝の言葉を告げてくれると思うと、楽しみでならない。
だが、しばらく進んだ時、クアンは共に行動した二人の姿が近くにないと気付く。立ち止まると、イゴールが胸の上に止まり、顔を覗いてくる。クアンは、マーヴィンとウィリアムが無謀にも人形に立ち向かっていったことを知る。
また人形に立ち向かう羽目になると思うと、元の方向に足が動かない。クアンは、恐怖に立ち向かわず逃げた挙句、臆病な行動に二人の仲間を同調させ、無理に褒めてもらおうとした自分を恨む。
これじゃ、マジシャン失格だ。
そう思いながらも、やはり逃げ続ける。そのうちに、人形の気配はなくなった。
クアンが一人で進み続けていると、突然人影が曲がり角から現れる。
一歩退いてじっと見ると、影の正体は青いスーツを着た長髪のマジシャン…アルトゥルだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます