第二幕

第9話 十字の男

---10:45 中心広場---

 黒いジャケットとジーンズ、丸い縁の眼鏡の男性が、人が押し寄せる避難所と化した館の中を歩き回っている。

 カリナを探し回っている途中のアントニオだ。


 彼もまた、黒いフードの一団がマジシャンたちを襲う映像を見た。彼はフードに見覚えがあった。クリフォード14世という道化師のショーに行った時、前席に座っていた少女も同じものを被っていたからだ。しかし彼は、ウィザードメンの動向など眼中に無い。アントニオは手当たり次第に声を張る。

「彼女をどこかで見ていませんか?ポニーテールと金髪の女の子なのですが…」


 他の観客たちは、大抵の場合彼を無視し、良くて「知らない」などと答えて離れるのみだ。アントニオがまだ話せていない相手を探すと、館内にある机上に突っ伏した女性を見つける。水色主体のニット服を着たマジシャン…ステファニーは、目を閉じて寝息を立てている。カリナに似た長い金髪が、アントニオを余計に苛立たせた。


 ステファニーはそっと瞼を開く。再び閉じそうになる瞼を何とか持ち上げながら、彼女はアントニオに応える。

「どうかしましたか…?」

「カリナさんという女の子を探していてですね…」

アントニオが事情を話し切った後、ステファニーは考え込むような仕草をする。眠気を取り払うように瞬きを繰り返すと、彼女は口を開く。

「そういう子は、知らないですね…」


 ステファニーの声は眠たげなままだ。アントニオは落胆を隠せないまま「些細なことでも良いんです。」などと言って死に物狂いで情報を聞き出そうとするが、ステファニーは頭をがくん、がくんと揺らしながら生返事を返すだけだ。遂にアントニオが彼女の肩を揺さぶっても、彼女はうわ言のように声を出すだけだった。

「焦り過ぎですよ…。どうにかなりますって…」

 やがてアントニオは、ステファニーがカリナの行方を一切知らないと察し、彼女の前を去ろうとする。しかし。


「ところで、1年前に、ここ…カイロで起きた『アンク事件』をご存知ですか?」

 ステファニーが全く違う話題を持って来た。

「…『アンク事件』ですか」

アントニオには思い当たる節があった。ステファニーは話を続ける。

「まあ、知っていますか。私が住んでいたカナダの山奥でも噂になるくらい、有名な話ですものね」


 世間に伝えられた事件の概要は次の通り。

 カイロのとある旅館で、観光客の男性が突然失踪した。事件が起きた旅館の客室フロアを映した監視カメラには、銃を持った別の男の姿があった。男が着ていたローブにはエジプト十字…アンクが描かれていた。失踪した観光客と銃を持った男は、未だ見つかっていない。


 実はアントニオの胸には、どこで負ったかも分からない謎の弾痕が刻まれている。どう考えても、平穏に生きている人間が負う傷ではない。記憶を失った原因と踏んではいる。そしてアントニオは、猫顔の少女が纏っていたローブにも「アンク」らしきものが描かれていたことを覚えている。ステファニーもウィザードメンのローブについては知っている。だがアントニオは、真実を恐れてしまう。自分が今の状況に至る経緯はどうあれ、カリナを見放す訳にはいかない。


「どうして私に事件の話を聞くのですか?」

 アントニオは問う。

「もしかしたら、あなたが撃たれた被害者なんじゃないかなって…」

 その可能性は捨てきれないどころか、明らかにアントニオと無縁の事件ではない。だが問題は、ステファニーは弾痕について知らないのに、何故いち早くその結論にたどり着くのか、ということだ。アントニオはステファニーに見透かされている感覚に陥りつつ、たどたどしく反論する。

「疑われるとは悲しいな。私の体に、はっきり撃たれた痕があるならまだしも…」

「だったら、体を見せてもらっていいですか?」

アントニオが言い切る前に、ステファニーは問い詰める。「答えるまでは逃がさない」「分かっているぞ」などと責めるかのような語気。真実は知りたくないし、まずアントニオにはカリナの行方を答えないステファニーと話す暇などない。


「こんなことで時間を取らないでくれ!」

 アントニオは叫んだ。屋内に身を潜めた観客たちは、誰一人としてアントニオに近づこうとしない。ウィザードメンの存在に怯える観客を横目に、アントニオは早足で建物を出る。

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