Odyssey~科学世界に召喚されたけど滅亡したので剣と魔法の世界で生きていきます~

Pー

第1話 プロローグ

 ──あぁ……繋がってるのかな? これ。


 まあいいや。そう信じて吹き込もう。こちら、神聖ヴェルダ帝国【補充兵装ブーツ】連隊直属第八部隊バーンズ大隊所属ギア准尉。

 戦況の報告のためオープンチャンネルで全軍に通達します。

“大戦”は終息しました。繰り返します、“大戦”は終息しました。

 帝国秘蔵の戦略攻撃兵器“ゴルゴダ”によって王国評議国連邦軍は全滅、また、二発目の“ゴルゴダ”によって主要都市は壊滅しました。

 いえ、誤謬ごびゅうがありました。

 補足します。

“ゴルゴダ”が連邦首都に着弾が確認された時刻より二.八秒後、連邦による生物兵器“カムラン”が帝都内に侵入。

 居住地や作戦本部は壊滅級の被害を受け、生存者は今のところ確認されていません。


 また、作戦本部壊滅の折、最後の一つであった“ゴルゴダ”の誤射を確認。

“中心核”の直上に着弾し、現在進行形で世界が


 わたくし、ギア准尉はハルシオン作戦における前線維持のため【強襲特等外装コート】に搭乗しており、現在緊急回避行動として地中へ穿孔中。

 地表では一億ケルビンの断続的な爆発を今尚、確認しております。

 只今、およそ二千キロメートル地点までたどり着きました。

 数秒後には通信途絶区域へと進行します。

 再度、報告します。

 帝国及び連邦による二百年に及ぶ“大戦”は終戦しました。

 引き換えに、この世界は滅びます。


 以上、ギア准尉。帝国歴千八百六年下り月六日──


 …………。

 ……………………。

 ………………………………。


「なにが世界は滅びます、だ。くそ野郎」


 ぽつりと呟いた独白は呆れるまでに空虚に霧中へと消え失せた。

 眼前の三面ディスプレイに映る映像は土色に染め上げられ、時折必死に掘削する【強襲特等外装コート】の両腕が見切れるくらいだ。

 もはや数時間も地中にいると飽き飽きする光景で、暇つぶしにルーティンと化した戦況報告を行ってみたものの……虚しくなるだけだ。

 オレは、オレたちは、何のために戦い抜いてきたのか。

 まるで無意味な徒労に終わった結果に、嫌な脱力感に襲われる。

 かたりと置いたヘッドホンとマイクの音声は既に切れ、がしゃがしゃと忙しなく地中を掘り進める作業音だけがコックピットに反響している。

 申し訳程度の警告が幾度となく発せられるものの、それに関してはどうしようもない。

 一体どうやって歩兵にすら劣るオレたち産廃鉱物オールに“ゴルゴダ”を止めろってんだ。

 最前線のように数を犠牲にして食い止められる範疇にはないだろうに。


「はぁ…………バーンズさん、オレたち頑張ったよな」


 もはや、望むべくもないぼやきだ。

 オレは【遊撃外装スーツ】に適合しなかった産業廃棄物以下の、それこそ使い捨ての地雷や土嚢にすら劣る最底辺のモノ。

 着用するのは背に大きく赤色のバツ印が掲げられたすれた軍服で、死ぬときはせまっ苦しいコックピットの中で【補充兵装ブーツ】に圧殺されるか、爆撃を受けて焼け死ぬかの二択。

 幸運なことにオレは旧世代の【強襲外装ガード】、それも適合者がいないために倉庫の肥やしになっていた帝国唯一の【強襲特等外装コート】操縦者に選出された。

 下手をすれば戦略兵器に匹敵する機体だ。

 まあ多様な違いはあれど、最たる相違点は可動域の差だろう。

 人間を模した兵器である【遊撃外装スーツ】ですら、機械の統制を受けるために動きには制限が付く。

 しかし、【強襲特等外装コート】はまるで自分の手足のように駆動できる。

 そのせいで、オレの所属するバーンズ大隊は続けざまに激戦区へ投入された。

 数え切れない仲間や部下が凄惨な末路を遂げて、それでも、死地へ赴くことしかできなかった。


 とはいえ、悪いことばかりじゃなかったんだ。

 死にそうな経験を十重二十重に乗り越えると、嫌でも上層部は活躍を認めざるをえない。

 すると、差別と侮蔑にまみれた仲間たちの汚名を雪ぐことができて、多少は待遇も改善できた。

 二百年間熟成された選民思想や、差別意識は連邦の【遊撃外装スーツ】や大規模制圧兵器を無力化するよりも手強かったけど。

 隣で戦う仲間が認められて、産廃鉱物オールの悪罵と共に死んだ仲間の名誉を守ることができて。

 柄にもなく嬉しかったんだ。

 変な達成感っていうか、鼻高々だったよ。

 それが、どれだけ惨めで、滑稽な行為だったのか。

 まさか死の間際で再確認することになるとは、皮肉なものだ。


「ははっ、最期くらいは本名でかっこよく逝きたかったな」


 ギア准尉。

 それはオレの神聖ヴェルダ帝国における名前だ。

 改名を求められたのは一緒に召喚されたクラスメイトの中でもオレだけ。


「まっ、そりゃそうか。適合しなかったの、オレだけだしな」


遊撃外装スーツ】に適合しなかったオレは産廃鉱物オールと認定され、帝国の救世主と崇められる連中と同じ出だと発覚してしまえばプロパガンダの意味もない。

 あいつらとは、大隊に異動してからは一度たりとも顔を合わせちゃいない。

 まあ、出会っていたとしても……オレだとは気付かないだろうが。


「安否も、確認しようがねえよな……っと!?」


 もはや朧気な記憶を引っ張り出していたオレは、突如として大きく揺れた機体の動きに翻弄されて現実逃避を止めた。

 確か、“中心核”まで数キロってとこだったか? 操縦桿であるグリップを脇に追いやると同時に頭上で固定されたキーパッドを下げて操作し、右手で爛々と輝くモニターを確認する。


 外部状況を最も詳しく、且つ素早く投影するディスプレイの情景は謎の衝撃に合点のいくものだった。


「成程な、地下水脈に出たのか」


 ごうごうと流れる河の流れに身を任せるように、オレの載った【強襲特等外装コート】は水脈に流されていた。


「……へ? 氷雪地域へ向かう? へぇ。そりゃいいじゃねえか。何だったらコールドスリープでもするか?」


 勤勉で頑なな【強襲特等外装コート】が到着予定地を提示してくれた。

 曰く、豪雪地帯であり、極寒の地として著名なエリアだと。

 それにしても、こんな地下深くに水脈があったなんてな……こいつがあれば“大戦”なんざする必要なかったんじゃねえか?


「いいだろ? どうせ地表には出れねえし、文明なんて崩壊してんだ。死ぬときは道連れにしてやるって、誓ったろ?」


 返答はない。

 吟味するような沈黙と、荒波を彷彿とさせる流体の風靡だけが耳に残る。

 けれど、数年間爆音と硝煙の支配する地獄にいたからか、この静謐がとても心地よく感じてしまう。


「……っ、マジだ。寒くなってきたな」


 吐息は白く、両手を擦り合わせて暖を取ろうにもオレの身体じゃ不可能だ。

 機体温度に目を向けても、真冬日を遥かに下回る数値をたたき出しているようで。

 ほんと、哂えて来る。

 死にたくないって必死に藻掻いて、辿り着いた場所が誰にも知られない僻地なんて。

 産廃の烙印を押されたオレを快く迎えてくれた大隊のみんなも、何かと面倒を見てくれたバーンズさんも、ずっとオレの背中を護ってくれたダルクや、死臭のはびこる戦場で哀愁を吹き飛ばしてくれたシャスタルも。


 誰もいない。


「なあ、もし次に目を覚ますことがあったらよ。自由気まま旅でもしようぜ。好きな時に動いて、好きな場所に行くんだ。きっと、楽しいぜ? なあ、……、次こそはさ──」


 やはり、返答はない。


 けれど、小さく頷いたような気がした。


 願わくば、オレと彼のちっぽけな野望が叶いますように。

 なんて益体のないことを妄想しながら、オレの意識は静かに薄れていった。

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