『「毒草師」と追放された私、実は本当の「浄化の聖女」でした。瘴気の森を開拓して、モフモフのコハクと魔王様と幸せになります。』
第37話 第10章:わたくしの居場所と「最大の勝利」 10-1:薬草が繋ぐ「命」
第37話 第10章:わたくしの居場所と「最大の勝利」 10-1:薬草が繋ぐ「命」
黒曜の門での屈辱的な交渉とも呼べない一方的な宣告から数日。
アステル王国は、魔王領が提示した「条件」を、すべて受け入れた。
いや、受け入れるしかなかったのだ。
王都に流れ込んだ瘴気はもはや薄まることを知らず、聖女レティシアの無力が公にはされていないものの貴族たちの間で確定した今、国を救う手段は、わたくしが魔王領で育てる「薬草」以外に残されていなかったからだ。
魔王領の宰相であるヴァイス様と、アステル王国から派遣された商人ギルド、そして国王の代理人との間で、国境を越えた「取引」が慌ただしく開始された。
アビス様がヴァイス様に命じた条件は、徹底していた。
一、アステル王国は、エリアーナに対し「毒草師」の汚名を着せたこと、並びに不当に追放したことを公式に謝罪し、その名誉を王国全土において回復せよ。
二、薬草の取引は、アステル王家を通さず、すべて商人ギルドを仲介役とすること。
三、薬草の対価は、金銭ではなく、魔王領が指定する「物資」(アステル王国でしか産出されない、瘴気の影響を受けていない鉄鉱石や木材、そして穀物)とすること。
そのどれもが、王太子とアステル王国にとっては、屈辱以外の何物でもなかっただろう。
わたくしを「毒草師」と呼んだその口で、今度は「真の聖女」と、王国全土に布告しなければならないのだ。
そして、国の命綱である薬草を、敵国である魔王領から、「金」ではなく「物資」で、それも商人ギルドを通して「買わなければならない」という事実。
それは、アステル王国が魔王領よりも「下」の立場であることを、自ら認めるに等しかった。
(……これで、よかったのかしら)
わたくしは、魔王城の最上階に与えられた「研究室」――あの中庭で、蘇ったばかりの茶色い土を、愛おしそうに両手ですくいながら、複雑な思いを抱いていた。
あの日、アビス様がわたくしを「妃」と呼んだことは、あまりに突然のことで、わたくしにはまだ現実味のない響きだった。
(……あの時の、わたくしを抱きしめたアビス様の腕の力強さを思い出し、顔が熱くなってしまったことは秘密だわ)
わたくしの顔が、わずかに熱くなる。
それよりも、わたくしが今、集中すべきは「仕事」だ。
わたくしは、あの中庭の、浄化された土を使い、不眠不休で薬草の苗を育てていた。
王宮から持ってきた、カモミールとレモンバームの種。
森の「聖域」から持ち込んだ、薬草の苗。
わたくしの金色の光と、コハクの聖獣としてのマナを注ぎ込むと、中庭の植物たちは、まるで水を得た魚のように、凄まじい速度で成長していく。
ガラス張りの天井は、外の紫色の瘴気の霧を、青白い光に変えていたが、植物たちは、そのわずかな光さえも、貪欲に吸収しているようだった。
「キュイ!」
コハクが、わたくしの足元で、誇らしげに胸を張る。
彼もまた、この「土いじり」が、楽しくて仕方ないようだった。わたくしが土を浄化すれば、彼はそのふかふかの土の上を転げまわり、クリーム色の毛並みを泥だらけにしている。
(本当に、あなたは……)
わたくしは、コハクの頭を撫でながら、その土の温もりと、植物たちが放つ清浄な香りに、深く息を吸い込んだ。
この、黒曜石の城の中で、唯一、わたくしの「庭」だけが、アステル王国のどんな場所よりも、生命力に満ち溢れていた。
「エリアーナ様、第一陣の準備が整いました」
侍女長のセレス様が、中庭の入り口で、静かにわたくしに告げた。
彼女の冷たい瞳にも、この数日で、わたくしに対する「敬意」の色が、はっきりと浮かぶようになっていた。
わたくしが、魔王アビス様の「不眠症」を、劇的に改善させたからだ。
わたくしが毎晩、コハクの力を借りて淹れる「安眠茶」は、今や、魔王城の側近たち全員にとっての「希望」となっていた。
アビス様が眠れるようになったことで、彼の精神は安定し、城の瘴気を抑え込む魔力も、以前より強固になった。
その結果、セレス様やヴァイス様、そして、あれほどわたくしを敵視していたギデオン様までもが、瘴気の呪いによる精神汚染から少しずつ解放され、彼らの「疲労」が目に見えて改善し始めていたのだ。
ギデオン様に至っては、最近ではわたくしの中庭に自ら足を運び、「兵士たちの傷薬用に、あの薬草を寄越せ」と、不器用ながらも催促に来るようになった。
わたくしは、この城で、ようやく「賓客」としてではなく、「仲間」として、認められ始めたようだった。
わたくしは、収穫したばかりの、青々としたカモミールの葉を、丁寧に木箱に詰めていく。
「……お願いします、セレス様」
「はい。ヴァイス様が、信頼できる商人ギルドの者に、確実にお渡しになります」
セレス様は、わたくしが詰めた薬草の箱を、まるで宝物でも扱うかのように、慎重に運んでいく。
それは、わたくしが育てた「薬草」が、初めて国境を越える瞬間だった。
わたくしを追放した国へ、わたくしが「人道的支援」として、命を繋ぐための薬草を、送る。
なんと、皮肉なことだろうか。
だが、わたくしの心は、不思議なほど晴れやかだった。
(……どうか、あの兵士さんの、咳が治りますように)
わたくしは、窓の外の、紫色の瘴気の霧の、さらに向こう側にある故郷を思い、静かに祈った。
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