第14話 私はやっぱり……

 学校帰りの放課後。薄暗いライブハウスの店内は、ライブの熱気と大人びた雰囲気が漂う。そして床を震わせる重低音で満たされていた。


 天井の低い照明が赤と青に揺れ、壁際の小さなテーブルに腰掛けた大野孝太おおの/こうたは、隣にいる妹のりんとクラスメイトの宮崎咲那みやざき/さなをちらりと見た。

 普段なら足を踏み入れない場所。それなのに今はここにいる。理由は単純だった。副生徒会長の桐野薫きりの/かおるから頼まれたのだ。


 柊木美月ひいらぎ/みつきがなぜ学校を休んでいる時があるのか、その理由を調べてくれないかと言われたからである。

 頼まれたからにはやるしかないと思いつつ、こうして三人で潜入していたのだ。


 ステージの上では、さっきまで黒のミニスカートにオフショルダーの大胆な衣装をまとった少女が熱唱していた。

 活動名はブルーミング。観客の前に立つなり、全身全霊で声を張り上げ、別人のように輝いていた。それが、柊木美月本人だった。


「凄かったね、さっきの」


 咲那がぽかんと口を開けたまま呟く。

 凛も小さく首を傾げた。


 美月は学校内ではいつも控えめで、接触的に誰かと会話するタイプではない。こんなに普段と差があるなんて、ちょっと衝撃的だった。


 孝太も、美月の歌唱力に圧倒されていたのだ。

 あの声量、あの表情、あの体の動き。彼女のすべてが別世界の住人に見えた。


 美月の出番が終わり、入れ替わるように次の歌い手がステージに上がると、会場は一気に和やかなムードに変わった。


「柊木さんの出番も終わったようだし、あの子、そろそろ出てくるよね?」

「うん、多分ね」


 咲那が小声で言うと、孝太が頷いた。

 三人で辺りを見渡していると、会場の奥、スタッフ用の扉から制服姿の美月が出てきた。ポニーテールを解き、さらりと長い髪を肩に流している。


「柊木さん」


 孝太はその場から移動し、彼女の元へ近づいて行く。


「え……大野くん?」


 突然目の前に現れた孝太に、美月は目を丸くする。


「あ、いや、その……ちょっと気になってて」

「え?」


 美月の頬がぱっと赤く染まった。

 孝太は慌てて手を振る。


「違う! 恋愛的な意味じゃなくて! その……最近、学校に来てないから心配で」


 言葉がもつれてしまう。

 美月の視線がじっとこちらを見据えているせいで、余計に頭が真っ白になった。


「じ、実はさ、副生徒会長の桐野さんに頼まれちゃって。柊木さんが休みがちだって、桐野さんとか生徒会の人が気にしてるみたいで」


 言い終えた瞬間、美月の表情が翳った。

 唇をきゅっと噛み、視線を床に落とす。


「……もう、気づかれてたんだ」


 小さくため息をはいて、肩をすくめた。


「でも、私にはやりたいことがあるから。学校には……迷惑かけたくないから」

「音楽活動を本気でやりたいってこと?」


 横で話を聞いていた咲那が静かに口を挟んだ。

 美月がびくっと顔を上げる。


「あなたは?」

「ごめんね、自己紹介遅れて。私、この前転校してきた咲那。よろしくね」

「あ、転校生なのね……初めまして。えっと……二人はどういう関係で?」


 美月の視線が孝太と咲那を行ったり来たりする。


「私と孝太は恋人なの。将来は結婚する予定なの」

「ちょっと待て! まだ友達って間柄だろ」


 咲那の大胆な発言に孝太が慌てて訂正すると、美月はくすっと笑った。

 ほんの一瞬だけ、緊張が解けたような顔だった。

 でもすぐに真剣な表情に戻る。


「私ね、ここなら誰にも迷惑かけずに歌えると思ってた。でも……学校にバレたら、退学になるかもしれないし、親にも色々と迷惑をかけるかもしれないし。だから、お願い。生徒会には黙っててほしい。別の理由で休んでるって言ってくれないかな」


 美月は不安そうに眉を寄せた。


「別の理由って、どんな?」

「資格試験の勉強で……とか」


 孝太は首を振る。


「それじゃすぐバレるよ。もっと自然なやつ」


 美月は必死に考えた。


「じゃあ、バイト……? 家の仕事を手伝ってるってことで」

「うちの学校、バイト禁止だろ。申請すればいいけど。それに、家の手伝いだと怪しまれるよ。親の方に確認の電話いくかもしれないし」


 美月がぎゅっと制服の裾を握りしめる。

 家庭に連絡が行くのは、どうしても避けたいらしい。

 そのときだった。


「おいお前ら、何コソコソ話してんだよ」


 低く、どこか威圧的な声が背後から響いた。


 振り返ると、金髪でピアスをじゃらじゃらさせた二十代後半くらいの男が立っていた。

 ライブハウスのスタッフらしい。

 陽キャのオーラが全身から溢れている。


「あ、いえ、同じ学校の……」


 孝太は緊張しながら話した。


「へぇ、お前らは学校の子たちか」


 男はニヤリと笑い、美月をちらりと見た後で、三人の方へ視線を向かわせた。


「この子さ、うちの店で一番歌うまいんだよ。学校のルールで潰すなんてもったいねぇだろ? できれば、学校の方には言わないでくれないか」


 美月は俯いたまま、金髪の男の話を聞いていた。


「でも……私、どうしたら」


 か細い声に、男は肩をすくめた。


「まあ、無理なら仕方ねぇ。でもよ、ブルーミング。お前が歌いたくなったら、いつでも戻ってこい。ここはお前のステージだからな」


 美月が顔を上げ、かすかに微笑んだ。


「……ありがとうございます。私、やっぱり学校とちゃんと話してみます」


 美月の意見を受け入れ、男は軽く頷いた。


「お前の決めたことなら、それでいい。自分で決めなきゃ意味ねぇからな。まあ、学校の一件が済んだら、ここに来てもいいからさ」

「……はい」


 美月は金髪の男に軽く頭を下げていた。




 ――結局、四人は店を出た。


 外はもう夜の色に染まり始めていた。

 スマホを見ると六時を過ぎている。

 四人は固まって歩き出す。

 美月は制服の裾をぎゅっと握ったままだった。


「柊木さん。本当に話すの?」


 孝太がそっと尋ねる。

 美月は少しだけ考えて、静かに頷いた。


「うん。逃げてるだけじゃ、もうダメだって思った。さっき、自分の中で決めたの。大野くんたちには、本当に迷惑かけちゃって……」


 美月は立ち止まり、振り返ると三人に向かって深く頭を下げた。

 咲那が優しく笑いかける。


「気にしないで。私、柊木さんの歌めっちゃかっこよかったよ。いい感じだったし、これからも応援してる。私たち味方だから。まだ関係性は浅いかもしれないけど」

「私も、柊さんの歌は良いと思いました!」


 咲那に続いて、凛も一言だけ告げた。


 美月は目を潤ませながら、でも確かに笑って、ありがとうと静かに、でも力強く言った。


「明日は俺らと一緒に生徒会に行くから」


 孝太は美月を励ますように優しく語りかける。

 四人は一緒に帰路につくのだった。

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