第11話 契約の履行
「ウィルス特定の報」という「希望」が、皮肉にも俺の「生存本能」の最後のタガを外した。あのニュースは、陽葵の瞳に、俺の管理下から逃れようとする「夢」の光を再び灯してしまった。俺は、彼女の「希望」を俺の「本能」でねじ伏せ、俺の部屋という「密室」の中で、彼女に「現実」を教え込む必要があった。俺が彼女の肩を掴んだまま、ローテーブル越しに冷たく「俺の生存は、今、この瞬間も脅かされてるんだ」と言い放つと、陽葵の体は恐怖で完全に硬直した。彼女の瞳から、さきほどの希望の光が急速に消え失せ、代わりに俺への怯えが浮かび上がる。それでいい。俺は、彼女に「夢」ではなく「役割」を思い出させる必要があった。
「立て、陽葵」
「え……?」
「こっちに来い」
俺は彼女の腕を引き、ローテーブルから無理やり立たせると、そのままベッドの縁に彼女を座らせた。陽葵は、何が起ころうとしているのかを察知し、顔を青ざめさせ、小刻みに震えている。彼女は、あの校舎裏での「予行」の記憶に、再び囚われていた。
「悠人、待って……。私、勉強の、続きが……」
彼女は、本能的な防御機制として、「勉強への逃避」を試みた。だが、俺はそれを許さない。
「勉強は、その後だ。それより先に、お前の『役割』を果たしてもらう。俺の『生存契約』の、義務だ」
俺は、陽葵の前に膝立ちになり、彼女の震える両肩に手を置いた。至近距離で見つめると、彼女の瞳が恐怖で揺れ、無意識に受け入れの姿勢を示すように、体が硬直していくのが分かった。これが、彼女の「フリーズ状態」の始まりだった。俺の動機は、性的快感ではなかった。これは「儀式」だ。俺の「お守り」が汚されていないか、俺の生存が確かに保証されているかを物理的に確認する、冷徹な義務の履行だった。
俺は、彼女の制服のブレザーを脱がし、次に、水色のブラウスのボタンに手をかけた。陽葵の指が、俺の手を止めようとかすかに動いたが、俺の冷たい視線に射抜かれ、力なくシーツの上に落ちた。一つ、また一つとボタンが外され、彼女の清潔な、淡い色のインナーウェアが露わになる。B70にも満たない、少女のささやかな膨らみ。その下で、彼女の心臓が恐怖に激しく鼓動しているのが、ブラウス越しにも伝わってきた。
俺は、彼女の髪から香る柑橘系の匂いを深く吸い込んだ。この匂いが、俺の「安全」の証だ。俺は、その匂いを確かめるように、彼女の首筋に顔を埋めた。陽葵の体が、ビクッと硬直する。
「……っ……ひぅ……」
彼女の肌は、柔らかく、体温が高かった。俺の乾燥した肌とは対照的な、生命力そのものの感触。俺は、その温かさに触れることで、自分の内側にある「死の恐怖」が一時的に麻痺していくのを感じていた。俺の唇が、彼女の耳朶(みみたぶ)に触れ、首筋を這う。俺の行動は、愛撫というよりも、マーキングに近かった。ここは俺の領域であり、俺の所有物であると刻み込むための行為だ。
陽葵は、この屈辱的な行為に耐えていた。彼女の歪んだ自己犠牲の精神——『私の身体が、悠人の命の鍵』という、幼い頃から刷り込まれた思い込み——が、この屈辱の中に、別の意味を見出していた。彼女は、目を固く閉じ、父親が死んだあの日の母親の姿を思い出していたかもしれない。「男性の命を守る」こと。それが、今、自分の身体で果たされているのだと、自分に言い聞かせている。
だが、彼女の身体は、その理屈とは裏腹に、反応し始めていた。俺の唇が鎖骨のくぼみに触れた瞬間、彼女の喉から、抑えきれないか細い喘ぎが漏れた。
「……ん……ぅ……」
その反応は、快感によるものではない。それは、彼女の身体が、俺の支配的な愛情を「求められている証」として誤認し、自己否定的な快感を覚えてしまった証拠だった。彼女は、この「役割の履行」の対価として、俺に「必要とされている」という歪んだ安心感を見出してしまっていた。
俺は、その微かな反応を見逃さなかった。俺は、彼女のスカートに手をかけ、その抵抗のない体をベッドに押し倒した。彼女のすべてが、俺の支配下にあることを確認する。これは、愛ではない。これは、生存だ。
俺は、俺の「生存本能」に従い、彼女の「フリーズ状態」を利用し、俺たちの「生存契約」を、物理的に、そして一方的に履行した。
行為の後、俺はすぐに彼女から距離を取った。自分の手のひらを見ると、冷たい汗で異常なほど湿っている。心臓が、自己嫌悪で激しく痛んだ。俺は、彼女の「純粋さ」を確認し、俺の「生存」が脅かされていない事実に安堵した。だが、同時に、彼女の「希望」を、彼女の「愛」を、俺の冷徹な「本能」で踏みにじったという罪悪感が、俺の喉を締め付けていた。これは「愛」ではない。「加害」だ。
陽葵は、シーツの上で、ゆっくりと体を起こした。乱れた服を直すその指先は、小さく震えている。彼女は、悠人の顔をまっすぐには見なかった。その虚ろな瞳は、天井の一点を見つめたまま、その頬を静かに一筋の涙が伝った。彼女の心境は、悠人が思うような単なる「絶望」ではなかった。彼女の歪んだ自己犠牲の精神——『私の身体が、悠人の命の鍵』という、幼い頃から刷り込まれた思い込み——が、この行為を「義務」として受け入れさせている。彼女は「悠人のもの」だから、行為自体を頭ごなしに拒絶するつもりはない。
だが、それでも彼女は「悲しんで」いた。悠人が求めたのが、彼女の心ではなく、ただの「役割」と「純粋さの確認」であったこと。そこに一切の対等な意志の疎通がなく、ただ一方的に支配されたという事実に、彼女は深く傷ついていた。悠人と別れるつもりはない。しかし、この関係が「愛」ではなく、ただの「義務」であることにショックを受けていた。彼女は、悠人の行動が、いつか変わってくれること——悠人が、守るべき「道具」としてではなく、隣に立つ「パートナー」として陽葵を見てくれること——を、この絶望的な瞬間に、まだどこかで願っていた。
だが、俺は、彼女のその複雑な願いに気づくことができない。俺は、彼女の涙を、単なる「恐怖の残滓」か「役割を受け入れた諦念」としてしか解釈できなかった。彼女の瞳から光が消えたのを見て、俺は「管理が成功した」と、冷たく安堵した。俺たちの、支配的な性的関係が、この日、この密室で、確かに確立された。
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