第12話

夜の冷たい風が村を撫で、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


村の家々はすでに灯りを落とし、見張り台だけが心細い焚火を揺らめかせている。


カインは村の入口に立ち、槍を手に静かに風の音へ耳を傾けていた。


(来る……)


根拠はない。

ただ、身体の底が覚えている。

“戦いの前にしか吹かない風”というものを。


少し後ろで、リィナが心配そうに見つめていた。


「カインさん……やっぱり、何か……?」


「ああ。気を抜くな」


それだけ言うと、カインは前を見つめたまま動かない。


村全体が息を殺しているようだった。


ガサッ……ガササッ……


一度ではない。

複数。

四方から、枝が踏み砕かれる音が連続する。


見張り台の若者が叫んだ。


「む、村の東側!黒い影が――!」


叫び声が届いた瞬間、何かが地面を疾走する黒い線となり、月明かりの下へ飛び出した。


狼型の魔獣“ダスクウルフ”

森の浅層だけに現れる小型種だが、集団で来れば厄介だ。


十……いや、十五ほどか。


リィナが息を飲む。


「そんな……どうしてこんなに……!」


サリナが素早く前に出て、双剣を構える。


「数は多いけど、小物よ! カイン、私が右! あなたは――」


「いや。俺は前に出る」


カインは低く言った。


次の瞬間。


獣人の戦士たちが武器を構え、衝突の瞬間を迎えようとした時――


「伏せろ!!」


カインの大声が飛ぶ。


村人が反射的に地面へ身を伏せた。


カインは一本の槍を手に、数歩前へ出て――


投擲


ヒュゥンッ!!


放たれた槍は空を裂き、先頭のダスクウルフの眉間へ正確に突き刺さった。


ドッ!


魔獣はその場でひっくり返る。

その死体につまずき、後続が一瞬だけ混乱した。


「“一匹倒す”んじゃない。“流れを止める”んだ!」


その声に、サリナの目が見開かれる。


(これ……ただの力任せじゃない……!

 動きの“流れ”を読んで、崩して……

 本当に戦い慣れてる……!)


魔獣の突撃が鈍った隙を狙い、獣人戦士たちが一斉に突撃。


サリナは横合いから突き込み、三匹を一息に斬り伏せる。


リィナも弓で援護し、怯んだ個体を次々と射抜く。


しかし、ダスクウルフはまだ残っている。


五匹が左右から回り込むように走り、背後の家屋を狙った。


子どもたちの声が聞こえる。


「やばい……!」


カインは落ちていた槍を拾い上げ、家屋へ向かって全速力で走った。


三歩、四歩――

地面を蹴る度に筋肉が爆ぜる。


(間に合え――!)


跳躍。


カインは空中で槍を振り下ろし、

家に飛びかかろうとしていた魔獣を地面に叩きつけるように刺し貫いた。


ドンッ!!!


「ひっ……!」


怯えていた子どもが泣く。


「大丈夫だ。もう前には出さない」


カインは低く落ち着いた声で言い、残りの魔獣に向き直る。


(俺は……もう守れなかったなんて後悔はしない)


走る。

サリナも横から飛び込んでくる。


「最後の三匹は私がやる! そっちは任せた!」


二人はほぼ同時に残党を仕留めた。



静寂が戻る。


夜風が血の匂いを運び、村人たちは震えるように息を吐いた。


村長がゆっくりと前に出る。


「……助かった……皆、よく耐えた……!」


カインのまわりに子どもたちが駆け寄る。


「カイン兄ちゃん!すごかった!」

「かっこよかった!!」


サリナは双剣を収めて、にやりと笑った。


「アンタ……想像以上ね。

 森の獣を相手に、ここまで冷静に動けるなんて」


リィナは胸に手を当て、震える声で言った。


「……カインさん。

 本当に……ありがとうございます」


カインは肩で息をしながら、ぽつりと答えた。


「皆が連携できたおかげだ。

 俺だけじゃ守れなかった。」

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