『ノービスだけど、スキルが鋭すぎる件』異世界ダンジョンクリアは6億と1回目なのでノービスでソロプレイするつもりなのに、かつてのヒロインたちが邪魔してきます

空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~

第1話『ノービスなのに、最強ムーブが止まらない』

 ――光が弾けた。


 まばゆい白の粒が収束し、俺はゆっくりと目を開く。


 視界には、街の公園。

 石畳、噴水、鳩。いつか見たような、懐かしさすら覚える光景。


「……来た……来たぞ……!」


 俺は震える拳を握る。


『やっと! また! 一からやり直せる!』


 そう。

 ここは俺が6億回クリアしてきた異世界――オリエンス。

 だが今回は違う。転生神に頼み込み、完全ノービスのステータスで再スタートしたのだ。


 筋力1。魔力1。体力1。

 スキル欄は空白。

 ――完璧な初心者。

 この“弱さ”こそ、俺が欲しかったものだ。


「ふふ……今日はスライム狩りから始めるか……!」


 そう呟いた瞬間。

 風が裂けた。


「見つけましたわ!!」

「うおっ――!?」


 甲冑の音を鳴らしながら、ひとりの少女が噴水の上に着地した。


 長い金髪をポニーテールにまとめ、白銀の甲冑を纏う。

 胸にはアイリス王国の聖騎士の紋章――七大聖騎士の証。


「ちょ、ちょっと!? なんでいきなり聖騎士が!?」


 少女はキリッと俺を見据え、うやうやしく膝をついた。


「初めまして、勇者イツキ様。私、七大聖騎士の中で唯一の女騎士、マリエッタ・ローレンスと申します」

「いやいや待て。俺は勇者じゃなくてノービス――」

「ご謙遜を。――『救世の勇者』、巫女様がお呼びです」

「違うっつってんだろーーーッ!?」


 叫ぶが遅い。

 彼女は俺の腕をつかみ、そのままスタタタッと走りだした。

 鎧とは思えない敏捷さで、引きずられるように王城へ。


「痛っ! ちょっ、俺ノービスで体力1なんだってば!」

「ご安心を。必要とあらば、お背中に担ぎますので」

「それはもっと嫌だぁーーー!」



 そして俺は、巫女の間に連行された。


 室内は静寂。

 白い布をまとい、顔をヴェールで隠した少女――王国巫女のエレナが、俺をじっと見つめてくる。


「勇者イツキ様。お戻りくださり、感謝いたします」

「だから違うんだって……! ノービスなんだって!」

「では――鑑定を」


 エレナが杖を掲げ、淡い光が俺の身体を走る。


 ピン、と乾いた音。


 そして――巫女は言った。


「……ノービスですね」

「ほらぁあああああああああああああ!!」


 俺は勝利の両手ガッツポーズ。


 マリエッタはぽかんと口を開く。


「ま、まさか本当に……? ステータス、全部1……?」


「そう! 俺は普通の初心者! どこにでもいる一般冒険者! さあ、スライムを狩りに――」


 だが巫女エレナは首を横に振った。


「――ですが、奇妙な点がひとつあります」

「え?」


 エレナは俺の周囲を見回す。


「ノービスでありながら……あなたの“気配の揺らぎ”が尋常ではありません」

「気配……?」

「はい。まるで――何億回もの戦いを経験した者のような動きが、無自覚に滲み出ているのです」

「いや、そりゃまあ……実際そうだけど……」


 ぽつりと呟くと、


「やっぱり勇者様なのですね!!」

「違うっつってるーーーーー!!!」


 王城に俺の叫びが吸い込まれていく。



 こうして俺のノービスの静かな冒険者ライフは、開始1分で粉々に砕け散った。



 巫女エレナによる“ノービス鑑定”が終わったあと。俺はようやく解放され、王城の外に出た。


「ふぅ……やっと帰れる……! 今日は草原でスライムを三体倒して、家に帰って休む……。これがしたかったんだよ俺は……!」


 深呼吸し、胸いっぱいに初心者の空気を吸いこむ。


 だが、後ろからカツン、と金属音。


「イツキ様。これを」

「うわっ、マリエッタ!? なぜまだついて来てるの!?」


 七大聖騎士マリエッタが、当たり前のように俺の隣に立っていた。


「任務です」

「任務!?」

「巫女様より、『勇者様のノービス生活を護衛せよ』との命令が」

「何それ地獄の始まり!?」

「ご安心ください。“戦闘はイツキ様にお任せし、私は後ろで見守ります”と仰せつかっています。場合によっては夜伽も、と」

「それ、全然安心できないんだが!?」


 なんでノービスの俺を見守るのに聖騎士が必要なんだよ!? 夜伽? 誰か俺を1人にさせてくれ!



 仕方なく、マリエッタを連れて草原へ。


 視線を向けると、透明色のぷるぷる――スライムがいた。


「よし、まずはあれを倒して経験値を……」


 スライムはこちらに気づいてぷるぷる震えている。


(ふふ……ノービスムーブを堪能する時が来た……俺の弱さよ、今こそ輝け……!)


 俺は棒切れを拾い、ぎこちなく構え――


「イツキ様、右!」

「ん?」


 思わず反応してしまった。


 次の瞬間――


 俺の身体は、反射で滑るように横に避けていた。


 スライムの酸弾が、俺のいた場所を通り過ぎる。


「……え?」


(おい……今の避け方……6億回の戦闘で染み付いた最強ムーブだろ……!?)


 マリエッタが呆然と呟く。


「な、なんですの今の動き……? ノービスとは思えない洗練……! まるで戦神……!」

「いや違う! 今のはただの事故!」


 焦って言い訳していると、スライムが再度ぷるんと跳ねた。


「くっ……!」


 棒を構え直し――


 気づけば俺の腕が勝手に動いていた。


 ヒュッ、と空気を裂き、


 ――スライムが一刀両断されていた。


「……は?」


(ちょちょちょ待てコラァァァ!! 俺はノービスでいたいの! カッコいい攻撃モーションすんな腕!!)


 マリエッタは目を見開き、震える声で言った。


「い、今の……ただの棒で……!?

勇者様、やはり貴方は覚醒……!」

「違うっ! 俺はただの初心者だってば!!」

「ではもう一匹!」

「呼ぶな――! 呼ぶなよスライム――!!」


 わらわらとスライムが増えてくる。


 逃げようとした瞬間、俺の足がまた勝手に動いた。


 跳ぶ。

 滑る。

 回避する。

 そして棒を突き出す。


 ――全部、身体が覚えてる戦闘の癖だ。



 草原は静寂に包まれていた。


 散らばるスライムの欠片。

 その中心に立つ俺。


 棒がポキッと折れた。


「……………………」


 マリエッタが興奮気味に手を握りしめる。


「イツキ様……素晴らしい……!ノービスのまま、これほどの戦いを……! 世界に光が……!」

「やめて! 違うから! 俺はスライム一匹に苦戦する可愛い俺でいたいんだよ!」

「無理ですわ。既にカッコよすぎて可愛くありません」

「そんな理不尽な……!」


 そのとき。


 森の奥から、何かが風を割って飛び出した。


 ――白い光。


「イツキ!」


 透き通る声が響く。


 現れたのは、長い銀髪のエルフの少女。


 視線は真っ直ぐ俺を見つめ、震えるほど喜びに満ちていた。


「……やっと会えた。あなたを探していたの」

「だ、誰……?」


 少女は胸に手を当て、微笑んだ。


「私はリリア。――前の転生で、あなたに命を救われたエルフです」

「いやああああああああああああああああれ 勘違いキャラがまた来たあああああ!!」


 俺の静かなノービス生活は、完全に破壊された。



続く……

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