星の海を走る電車
マスク3枚重ね
第1話 夢でないのなら
私はその日、母と喧嘩した。
「母さんなんて大嫌いっ!」
そう言って家を飛び出すと「
気がつくと最寄り駅まで走って来ていた。セミの鳴き声がやたらうるさく、アスファルトからは
Tシャツの裾の部分で顔を拭く。そんな所を母に見られれば怒るだろう。だが美桜にとって、そんな事は知ったことでは無い。
「クソッ…!母さんなんかっ…」
そう言いながら、駅のホームに置かれたベンチを蹴飛ばすがビクともしない。むしろ足が痛かった。余計に腹立たしくなり涙がこぼれる。
「死んじゃえばいいんだ!」
後ろからシューゥっと音がして、電車の扉が開く。ポーン、ポーンと軽快に音が鳴る。美桜はその電車へと乗り込んだ。
どこでもいい。ただ、今すぐにここから離れたかったのだ。
電車には誰も乗っておらず、美桜は暗い顔のままやたらカラフルな座席へと腰を下ろす。
「ドアが閉まります」
そうアナウンスがあり、シューッと音をたてながら扉が閉まる。青空と山の景色がゆっくりと流れ出し、電車が進み出す。
流れる景色を虚ろな目で見ながら、美桜は死んだ父を思い出す。
棺に入れられた父の手は夏なのに氷のように冷たく、枯れ木のように細かった。大好きだった温かく、大きな手はもうどこにもないと実感した。
火葬される直前、涙が止まらなくなり、もう二度と父には会えないのだとそう思った。
「母さん…なんで父さんを捨てたの…?」
母は俯いたまま何も答えない。答えない母に美桜は口を開く。
「母さんが死ねば良かったんだっ!」
ハッと美桜は目を覚ます。いつの間にか寝てしまったようだった。電車はまだ揺れており車窓の外は暗い、どうやらトンネルの中らしい。
窓に自分の顔が反射して写っている。頬をつたった涙の跡が残っていて、酷い顔をしていた。手の甲で顔をゴシゴシ擦ると、目の周りが赤くなる。
「何してんだろ…アタシ…」
美桜は一人そう呟いた。
ガタン、ゴトンと一定のリズムで電車が揺れている。しばらくそうして揺れているが、電車はいつまでもトンネルを抜ける事はなかった。美桜が学校に通うのに度々乗る事があるが、こんなに長いトンネルがあっただろうか?美桜は顔を上げて窓の外を見つめるが、外は真っ暗で何も見えない。少し不安になった美桜は辺りに目を向けるが誰もいない。
前の車両に移ってみるが、そこにも人一人いなかった。車掌に聞いてみようと、運転席側に行ってみるが曇りガラスで中は見えない。ノックしてみる。
「あの…すいません」
返事は無い。もう一度さっきよりも強くノックする。
「あの!すいません!聞きたいことが…!」
強くノックをした拍子に扉が開く。中から車掌が出てくると思い、少し距離を取るが中から出てくる様子は無い。
「あの…今どの辺を…」
そう言いながら運転席を覗き込む。だがそこには車掌はいなかった。それどころか、電車を操作するはずの機械類が何一つついてい無いのだ。
「は…?なんだこれ?」
訳がわからない。こんな電車があるのだろうか。それとも今は無人で電車が動くのだろうか。
そんな事を混乱する頭で考えていると、自分の目の前に広がる光景に目が奪われて思考が停止する。
目の前の大きな窓の外、電車のライトが照らしているのは僅かに波立つ夜の海だった。波がほんの僅かに上下して、電車の車体を避けながら流れていっている。その海は水平線の彼方まで続いており、どこまでも広がっていた。
そして先程まで暗かったはずの夜空に1つ、また1つと星の光が灯り始め、あっという間に幾千、幾万もの星空になってしまう。波のない凪いだ場所は鏡面になり、その星空を写し出す。それはまるで星の海を走る電車にほかならなかった。
「どういうこと…」
美桜は現状に困惑し、まだ夢の中だと悟る。
「そう、これは夢!だって色々バタバタしたし、変な夢を見ることだってあるはず…」
自分の頬をギュッとつねってみるが、凄く痛かった。夢でないのなら一体何なのだ。訳が分からずに、美桜は星空の海が見える窓の前でただ立ち尽くす。
つづく
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