第20話 陽だまりのぬくもり

 イスファハン星系の文化の中心地ナガハマは、水と植物が豊かな惑星の上に広がる都市だった。スワンズの面々は珍しく地上におりて、サンゴ礁を思わせる湾に面した商業地区の一角で、休暇のような時間を楽しんでいた。

 ヴァレリーがショッピングモールの中央に、少し品のいいセレクトショップを見つけた。そこへサスキアとセリアを押し込む。遅れてきた美咲も合流する。

「これはどうかしら?」ヴァレリーが、深いエメラルドグリーンのチュニックをサスキアに手渡す。「あなたの目の色を引き立てると思うわ」

 サスキアは困惑した表情で布地に触れる。ネクサス・ウンブラの中心で責任あるテレパスとなるよう育てられた彼女にとって、自分の服を選ぶという行為自体が新鮮だった。

「いつも決められた服しか着させられなかったから、選ぶのが...難しいというか」

セリアが笑顔で隣に立つ。「大丈夫、無理しなくていいの。感覚的に気に入ったものに忠実でありさえすればいいの。でも確かに、サスの中性的な感じ、どっちの方向性にもっていくか難しいな…」

 美咲は少し離れた椅子に腰掛け、大人っぽく足を組み、この光景を温かい目で見守っていた。髪を短くカットしたばかりで、首筋に心地よい風を感じる。

「生活は...どんな感じだったの?」美咲はつとめて自然を装ってサスキアに尋ねた。彼女の過去を掘り起こすことに躊躇いがあったが、純粋に彼女のことを知りたいと思う気持ちがそこにはあった。ただまだ、彼女のご両親のことについて尋ねるまでには関係が構築できていないと美咲は思っていた。

 サスキアは試着室のカーテンの向こうから答える。「あなたが思っているほど悪くはなかった...かな。食べ物は良くて、部屋も清潔だった。ただ、自由はなかった」

美咲は顔をしかめる。美咲にとって、行動も発想も自由であることこそ最も求めるものだったからだ。だからこそ窮屈な故郷を離れて情報局の活動の自由さにあこがれたし、情報局のかたくなさに満足できなくなってそこさえも離れたというわけだ。

「檻の中の鳥ね」ヴァレリーが別のチュニックを手に取りながら言った。「最悪」

「でも...」サスキアがカーテンを開け、新しい服を身にまとって出てくる。「私たちのことを理解しようとしていた人たちもいたの」

「理解しようとしていた?」美咲の背筋が伸びる。「どんな人たち?」

「ハインリヒ…ハインツとカオル。二人ともたぶん科学者で、テレパスやエンパスのことをとてもよく理解していて、私たちのことを気にかけてくれていた。悪い人じゃなかった...本当に」

 美咲は目を細める。「まさか、あのおんぼろ司令船やヨットにいたんじゃないわよね…?」

「私の知る限り、あの二人はオルディナにはいなかったわ。中央にいることも確かに多かったけど、よく各地のヴァースを構成するテレパスに会いに出かけていたわ。彼らはそれを遠足と呼んでいたわ」

 セリアが別の服を手に取りながら会話に加わる。「私も小さい頃から二人を知っていたわ。私たちを研究するという姿勢ではあったけど。差別的ではないし、私たちを本当によく理解していた」

 美咲は思案顔でうなずく。テレパスの研究者たち。彼らに接触できれば、ヴァースへの理解が深まり、テレパスたちを救う手がかりになるかもしれない。

「美咲、あなたも何か試着してみたら?」ヴァレリーが優しく促す。「地上に出るとき、その古いフライトジャケットばかり着ていないで、たまには女の子らしいものを」

 美咲は照れくさそうに首を振る。「あたしは女の子という年じゃないし大丈夫」

「ほら、これなんてどう?」ヴァレリーは諦めず、黄色のトップスを美咲に差し出す。「あなたの健康的な肌の色に合うわ」

 サスキアは鏡の前で自分の姿を見つめながら、小さく微笑む。「選べるって、不思議な感じ。あたし、スカートよりパンツ派かな。ふふふ」

 美咲は、自分にささげられた服よりも、サスキアから目を離せない。美咲やセリアより少し背が高く、ようやく自信を取り戻したのか堂々とした姿勢もいい。長い脚には確かにパンツも似合う。セリア同様にいい子に育つとよいのだが。あたしには何ができるだろう?

 その時、店の入り口のドアが開き、エリックとマーカスが入ってくる。

「やあ、買い物楽しんでる?」エリックが丁寧な口調で尋ねる。

「プロフェッソーレ!」サスキアの顔が明るくはじける。「この服、どう思う?」

エリックは優しく微笑む。「かわいいというより、かっこいい感じ。君らしい選択だね、サス」

 マーカスは店内を見渡し、思案顔の美咲に近づく。突然、美咲の短く刈り込まれた髪をくしゃくしゃとかき回す。「まだ仕事のことを考えてるのか?」

「ちょっと!」美咲は怒って彼の手を払いのける。「さっきカットしてもらったばかりなのに!」

 マーカスは悪びれずに笑う。「短い髪も似合ってるぞ、おチビさん」

 美咲は子ども扱いに口をとがらせるが、その目には笑みが宿っていた。「ありがと。あんたのこと好き」

「紫と緑の差し色も美咲のはねっかえり具合に似合っているが、フライトジャケットや作業着を着ていると、塗装作業中にペンキをひっくり返しただけのように見えるがな」

「ひどーい!前言撤回!」

「スワンの改装の手配が済んだぞ」エリックが話題を持ち込む。「リトラクタブル外部燃料タンクを4つ増設して、船内の燃料タンクの一部を撤去。空いた空間に個室を増やして、艦橋にも通信席を増やす。大気圏内の操縦はだいぶん難しくなるからシミュレーションで慣れておかないとな」

 エリックはヴァレリーに向かってその口を封じるようなしぐさをする。「もちろん予算内」

 サスキアは別の服を手に取りながら、静かに言う。「自分の部屋...持ったことないかも」

 セリアが彼女の肩に手を置く。「これからは違うよ。自分の選んだ服を着て、自分の部屋で眠れる。ELCが乗り込んでこなければ」

「ELC?あの、ジャズバンドの?ボーカルがルークの?」

「サスは眺める余裕がなかったかしら。ブラック・スワンってELCのセクターツアーでツアー船だったのよ。船もそう塗装されていたし、当然、ELCも乗り込んで。すっごい楽しかったんだから!窮屈なことが気にならないくらい」

 サスキアの顔が若々しい喜びと驚きに満ちる。「え?え?なにそれなにそれ、すごいじゃん!まだルークのにおいするかな?彼、どの部屋を使っていたの?」

「においって、なんか変態的よ、サス。そんなことより、ELCとならきっとまた会えると思うわよ」

 美咲は少し離れた場所から、この家族のような光景を見つめていた。彼女の頭の中ではさまざまな計画の断片が渦巻いていたが、今この瞬間、それは少し脇に置いておいてもいいと思えた。柔らかな日差しが店内に差し込み、スワンズの全員が祝福されているかのように思えた。

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