第2話
「あ、そういえば。私としたことがあなたのお名前を聞いておりませんでしたわ」
「たしかに!ねえねえ、名前は?何ていうの?」
「だーかーら、そんなに跳ねていたらいつか倒れるってば!でも、名前を聞いていないと呼びづらいね。あと、僕も個人的に気になる」
名前!?そんなの決めてないよ!ていうか名前をつけるという文化があることすら忘れていた……。
え?どうしよう、今決めないといけないよね?名前がないのおかしいもんね!?私の持っているなけなしの人間界に関する知識をフル活用して考えた。
ふと、レムくんに『ヨロイさん』と呼ばれていることを思い出して、思いついた名前をその勢いのまま叫んだ。
「アルマトラ!…です………」
そう答えたのに三人は目を見開くだけで何も答えてくれなかった。魔族の言葉で鎧を意味する単語にしたんだけど、やっぱりこんな名前おかしかったのかな。それとも魔王だってバレちゃった!?そうだとしたら今すぐここから逃げ出さないと殺されちゃうよね!?なんて悪い方に思考がいきかけたそのとき、ボソッとラヴィアナさんが呟いた。
「貴女……、そんなに大きな声出せたのね」
「え?」
「うん、僕もちょっとびっくりしてしまって声が出なかったよ」
「うんうん!大きい声出せるなら普段から出せばいいのに!」
「ええっ!む、無理です…。さっきは、その、つい、大きな声を出してしまって」
良かった。魔王だってことがバレたり不自然に思われたりしたわけじゃなかったみたいだ。それにしても三人とも失礼じゃない?私だって出そうと思えば大きい声出せるし。少し納得いかないところはあったものの、なんとかこの場を乗り切れたと思い安心していた。
「ならアルだね!」
「ぴゅわうっ!…あ、その、すみません」
「まあ、貴女不思議な鳴き声してるのね。ますます興味深いわ」
「ふふ。すまない、笑ってしまった。んふふ」
「わ、笑わないでください…!それより、アルって…?」
やっぱりこの人たち失礼だ!ラヴィアナさんは鳴き声が興味深いとかちょっとズレたこと言ってるし、ジルベルトさんはずっと笑ってるし。そういえば、とレムさんにも笑われたことを思い出した。私の周りには失礼な人しか居ないんだろうか。
と、そんなことはどうでも良くて、宵さんがアルって言ってたけどもしかして……?
「ん?アルマトラの最初を取って、アル!どう?」
「もしかして、あだ名、ですか…?」
「そうそう!どうかな?もっと違うのがいい?例えば‥「グスッ」…って、なんで泣いてんの!?」
あだ名を付けてもらえるなんて、本当にここに住む人間たちのうちの一人にでもなった気分だ。本当の私は魔王で、人類の敵であるはずだったのに。
彼らを騙していることの罪悪感と、あだ名を付けてもらえた嬉しさとが入り混じって、感情がよくわからなくなってしまった私は、気づいたら泣いてしまっていたらしい。
「ちょっと、なんで泣いてるのよ!大丈夫?ほら、ハンカチあるから使いなさい」
「グスッ。ありがとう、ございます。大丈夫です。ただ、嬉しくて」
「嬉しい?宵があだ名を付けたことが?」
「グスッ、はい。その、今まで、あんまり人と関わって、グスッ、こなかったから、あだ名つけてもらうのも、初めてで……」
「そうだったんだ!私が初めてなんて、特別感あって嬉しい!」
そうやって無邪気に言ってくれるものだから、余計に涙が溢れてきてしまった。でも、同時に笑みもこぼれてきて、初めての感情に心が温まっていくのを感じていた。
◇◆◆◆◆◆◆◇
しばらく歩くと私の住んでいる村についた。
「わあ!ここがアルの村!?」
「は、はい、私が住まわせてもらってる村、です」
「かなりきれいな村だね。他と比べても生活水準が高そうだ」
「そうね。食料にも困ってなさそうだし、一日だけでも泊らせてくださるとありがたいわ」
どうやら三人もこの村を気に入ってくれたみたいだ。私もそれなりの期間この村に住んでいるから、褒めてもらえるのは嬉しい。でも、三人を泊める許可が出るかはまた別だ。私が頑張って村長さんと交渉しないと。
「あれ?おい!ヨロイさん!やっと帰ってきた!なかなか帰ってこないから心配してたんだぞ!何してたんだよ!ていうかこいつら誰?」
「わっ!レムさん!お、遅くなって、ごめんなさい。その、この人たち、森で襲われてて、怪我してたんだけど、ヒーラーさんが居て、治してくれて、それで、連れてきたから、泊めてあげたいんだけど……」
「あ〜、要は怪我人がいるからこの村に泊らせるために村長に許可を取りたいんだな?」
「あ、うん。そうです。どこにいらっしゃるか、分かりますか……?」
うまく説明できなかったけど、どうにかレムさんには伝わったみたいだ。レムさんが村長の居場所を教えてくれたから、三人を連れて広場に行こうとするとレムさんに引き止められた。
「いや、待てよ。そもそもそいつら誰?なんでこんなところにいるの?」
「パーティー、組んでるらしいです。右から順に、戦士さん、ヒーラーさん、魔法使いさんだって」
「あ、正確に言えば僕は補助魔法士で、この令嬢は攻撃魔法士だ。レベル上げに来ていたら奇襲にあってしまってね。そこを彼女に助けてもらったんだ」
どうやら、彼らのことを紹介するのを忘れていたみたいだ。悪い人間ではないと思うからこの村につれてきたのだけど、やっぱり知らない人が村に来るのはあまり良く思っていないみたいだった。私のことを心配してくれたレムさんも一緒についてきてくれて、村長のいる広場に向かった。
◇◆◆◆◆◆◆◇
広場につくと、村長を始めとするこの村のリーダー的な役割を担っている人達が集まって、話し合いをしていた。どうやら魔物や野生動物が農作物を食べてしまうからその対策を話していたらしい。
「あ、あの、村長さん。お、お疲れさまです。少し、話したいことが、あるんですけど……。今、いいですか?」
「おお、ヨロイくん、果物を取りに行ってくれていたんだって?ありがとうねえ。魔物は大丈夫だったかい?」
「は、はい。私は、大丈夫なんですけど、この人たち、魔物に襲われて、怪我しちゃってて、あ、ヒーラーがいるからもう治ってるんですけど、今日だけでもここで休ませてあげたくて。ダメ、ですか……?」
「その前に確認しておきたいことがあるんだけど、いいかい?まず、君たち三人に自己紹介をしてもらいたいんだ。もちろん、自分のことは自分で話すんだよ?それじゃあまずは君から」
そういって、村長さんが宵さんを指さした。用心深くて賢い村長のことだから、きっとなにか考えがあるんだろうとは思ったけど、泊めてあげられなくなるかもしれないと思い少し不安になった。だから、「もし泊めちゃだめと言われても、私が野宿場を探して護衛をしてあげよう」と決意を固めたところで、宵が話し始めた。
「初めまして、村長さん!鏑木宵と申します!この世界の人を守るため、修行をしています!よろしくお願いします!」
さっきまでは初対面の私達に対してタメ口なうえ、かなり失礼なことも言ってきた宵が敬語で話し始めたことに驚いてしまった。それに、村長さんと宵さんがアイコンタクトをしていたのが気になって仕方がなく、今すぐにでも聞きたくなってしまった。が、なんとか声を抑えて成り行きを見守る。
「僕はジルベルト・ケアルズと申します。もともと彼女の家に仕える執事一族に生まれたのですが、現在は魔法の才を買われてこのパーティーの補助魔法士をしております。よろしくお願い致します」
そういって執事がするような礼をしてみせたジルベルトさんは、やはり堂々としていた。
「私はラヴィアナ・リシュリーですわ。伯爵家に生まれ、王立魔法学校を卒業後、ジルベルトとともにスカウトしていただき、現在はこのパーティーで攻撃魔法師を担当しておりますの。よろしくお願いしますわ」
ラヴィアナさんは、いつも通りいかにもお嬢様な話し方をしていて、村長さん相手にも態度を変えないその姿はかっこよく見えた。
「ありがとう。ヨイさんに、ジルベルトさん、そしてラヴィアナさんだね。少し四人で話したいのだがいいかい?」
「いいですよ!私も話したいことがありますし!みんなもいいよね?」
「「もちろんだよ(ですわ)」」
「うむ、それじゃあこちらへ」
邪魔しないように静かに見守っていたら、村長さんが三人を連れてどこかへ行ってしまった。その場に残ったのは私とレムさん、そして相変わらず話し合いをしている村のリーダーさんたちだけだ。三人を泊めていいのかもわからないまま行ってしまったから、私はずっとソワソワしていた。そんな私を見かねたレムさんが、私を安心させようと思ったのか、私に話しかけた。
「大丈夫だって。村長さん用心深いんだから、泊める気ない人と二人っきり、いや、あの場合は四人っきりか?にはならないだろ。村長さんだって、少なくとも悪いやつではないと思ってる気がするぞ」
「ほ、ほんと?なら、大丈夫なのかな……?」
「それより、何の果物取ってきたんだ?まさか忘れた、なーんて言わないよな?」
「ちゃ、ちゃんと取ってきたよ!ほら」
「よっしゃ。じゃあ、あいつらのためにも夕飯準備して待ってようぜ。」
「う、うん。わかった」
これがレムさんなりの気遣いだということを知っている私は、素直にその言葉に従った。この村での食事は、獣肉を畑で採れた野菜と一緒に煮込んだスープに、黒パンを浸して食べるのが主流だ。レムさんが切った野菜や肉を大鍋に入れて煮込んでいく。グツグツと音がなり、あたりに出汁のいい匂いが漂い始めた頃、村長さんたちが広場に帰ってきた。
「たっだいまー!うわー、美味しそうなスープ!」
「レム、ヨロイさん、いや、名をアルマトラというらしいな?ともかく、ふたりとも夕飯の準備をしてくれてありがとうなあ。お前さんたちの料理はいつもうまいから今日も期待しているぞ」
「えっ!ヨロイさんって名前あったのか!?なら教えてくれればよかったじゃねえかよ。おかげでなんて呼ぶか結構迷ってたんだぞ?」
「あ、す、すみません」
ホントはレムさんの呼び方を参考にしているんだけど、あの場で考えたことは言えないから黙っておいた。
「ここ最近食べた食事の何倍も美味しそうですわ。これは
「うん、いい香りだ。お腹が空いてしまったな。夕餉はいつだい?」
「あ、もうできたら食べて、いいですよ。その、村長さん。彼らのこと泊めていいんですか?」
「逆に誰がダメだと言ったかね?ワシは悪人以外は泊めるぞ?その証拠にお前さんもここにおいてやっているだろう?というか、ワシは怪しいやつと対話する気はない」
なんとなくわかっていたものの、実際に村長さんの口から言ってもらえて安心できた。なんて思っていたら、どうやらスープを混ぜる手が止まっていたらしい。レムさんに「手動かせよー」と言われてしまって、また三人に笑われてしまった。にも関わらず、さっきみたいに苛立ちは湧いてくることはなくて、ただただ純粋に「居心地がいい」と感じてしまった。
でも、私はいつかこの場所からいなくならなければいけないのだ。そう思うとどうしても気分が下向きになって、それを表情に出さないようにするので必死だった。
でも、もう少しだけ。もう少しだけ、この場所で、どこにでもいる一人の少女として楽しんでしまうことくらいは、許される、よね…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます