狗、奔る《イヌ、ハシる》
乾 未知(いぬい みち)
第一章 犬走りのジュン(少年期)
土橋 純一郎、55歳。彼が生まれた昭和40年代。
その町はうなぎ養殖業で財を成した人々が住む、
煌びやかな場所だった。
水辺から少し入った町並みは、新しい屋敷と古い家が
混在し、その軒先や塀の間を縫うように、細い小道、
通称「犬走り」が張り巡らされていた。
この犬走りこそが、少年時代のジュンにとっての王国だった。
近所のお屋敷の主婦、縁側の立つ少年に目をとめ
「ジュン、また来たの」
ジュン「おばちゃん、魚のおいちゃんが来とるよ」
「えっ、急がなきゃ」 目の前のつっかけ履いて飛び出して行く
「間に合ったよ!今日はじいちゃんに刺身ば頼まれとったの」
「ジュン、饅頭食べる?」主婦は優しい瞳でほほえむ
「うん、ありがと!おばちゃんだい~すき」
饅頭が好きなのか?それをくれる主婦が好きなのか?
うまい返事である。
当時この辺りではまだスーパーマーケットは
一般的でなく移動販売の魚屋、雑貨屋や「ロバのパン」
が定期的に廻ってくることが当たり前、彼は移動販売車
をめざとく見つけては知らせに走り小さな報酬を得る、
そんな少年時代であった。
その頃、人々は彼をジュンと呼んだ、
裕福な家の子供たちが庭で遊ぶ横を通り抜け、
犬走りからスッと敷地内へ。
彼の口から出るのは、
聞いている者が気分の良くなる褒め言葉や、
相手が何を求めているのかを察した、
気の利いた一言だった。
言葉巧みに家の奥へ上がりこみ、来客用の寿司の残りの物や
高級な菓子、飽きられたばかりの新しいおもちゃ、遊び道具を
手に入れては、そそくさと犬走りへと戻っていく。
ある日のジュンが下校途中、近所の佐藤さんの家の庭先を
いつもの様に通りすぎる、縁側に佐藤さんの奥さんがいるのを
確認すると低い小さな声で
「おばちゃんただいま」わざと元気がない様子をアピール、
佐藤のおばさんが「ジュン、元気がないね、どうした?」
これもジュンはわざとらしくため息をつくように
「今日、給食が足りなくて、おなかすいたんだけど、
今日は家に誰もいないって言われてて、」
と悲しそうに語るジュンを
「また始まった、おやつちょうだい作戦」
佐藤奥さんはジュンの演技にあきれつつも
内心微笑ましく思う。
「ジュン、お昼に焼いたクッキー少し残ってるけど食べる?」
「えっ!いいんですか?ボクおばさんのクッキー大好きです!」
「お店で売ってるクッキーよりずーとおいしいって
母も言ってました」
と目を大きく見開いて満面の笑顔で、お世辞を添える。
もらったクッキーを美味しそうに頬ばっていると
今度はそこへ本田のおじさんが通りかかる
「おっ!ジュン、佐藤さんの所でまたおやつ貰ったな」
「うん!おばちゃんのクッキー最高なんだ、
すごくおいしい」
ジュンは続けて話す
「でもこの間、(本田の)おじさんがくれた
甘くて大きなリンゴもすっごく美味しかったなぁ、
また食べたいなぁ」
本田おじさんの気前の良さを褒めつつ、おねだり笑顔!
持っていた紙袋からからピカピカの
真っ赤なリンゴを取り出して
「ほらよっ、こないだのよりもっと甘いぞ~」
「帰りにちょうど見つけて買ってきたんだ」
ジュンは両手にクッキーとリンゴを持ちながら
「ありがとうございました、これで明日も頑張れます、
ボクは世界一幸せです」と
深々とお辞儀をしてスキップしながら帰って行った。
「またジュンか。本当にお調子者でこずるい奴だよ」
「でも、憎めないんだよね、あのかわいい愛嬌」
呆れと同時に、彼の天性の人懐っこさに
人々は惹きつけられた。
ジュンは、この「犬走り」を愛し、
誰よりも早く、誰よりも静かに移動できる、
町の狗(いぬ)『影の住人』だった。
【AI解説】
ここで通称「犬走り」について解説すると、
建物の基礎や外壁に沿って、その周りをぐるりと
取り囲むように設けられた、幅数十センチメートル程度
の細長い通路のことです。
名前の由来は諸説ありますが、「犬が走れるくらいの細い道」
であることから名付けられたと言われています。
主な目的は、雨が降った時、地面が土のままだと、
跳ね返った泥水が外壁や基礎を汚してしまうのを防ぎます。
特に昔は雨樋がない家が多く、この泥はね防止が大きな役割でした。
またコンクリートなどで舗装することで、
雑草対策やぬかるみをなくし、勝手口の周りなど
人が歩く場所を歩きやすくします。
エアコンの室外機などを置くスペースとしても使われます。
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始まりました初めての連載物です、
短編の予定ですのでお気軽に読んでみてください、
ご意見よろしく!
次章予告/ 第二章 秘密の王国の完成(青年期、悪の芽吹)
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