縁様の言う通り

大甕 孝良

第1話

 けたたましく鳴り響く、目覚まし時計で一人の男が目を覚ました。大きなあくびをしながら、布団から抜け出すと慣れた手つきでポットに水を入れてセットする。

 ペタペタと裸足で部屋の中を歩き回り、身支度と朝食の準備を進める。


「おはよー」


 そこに、小さな女の子が入ってくる。目をこすりながら、大きめのぬいぐるみを引きずっている。


「ああ、起きたか。菜優なゆ、悪いがつなぐ起こしてきてくれ」


「わかった」


 素直に頷くと、廊下に出ていく。その間にテーブルの上に日本の朝食らしい和食が並べられていく。その出来栄えに満足げに頷く、その男物集もずめようは先に椅子に座って二人を待った。


「おはようございます。すみません、寝坊しちゃって」


 そこに、菜優に起こされた繋がやってくる。まだパジャマ姿のままだった。


「気にしなくていいから、冷めるから先にメシにするか?」


「はい、そうします」


「あと、敬語やめろって言ってんだろ」


 繋は少し言葉を詰まらせた。この二人は親子ではない。もっと言えば、菜優と葉も戸籍上は親子になっているが、血のつながりはない。菜優と繋は正真正銘叔父と姪の関係だが、葉は完全なる他人だった。


「一緒に暮らしくのに、距離を感じるだろ、なあ菜優」


「ようくん、なゆこれキライ」


「おい、話聞けよ。一口は食べたんだろうな? 食べてみて駄目ならこっちよこせ。食わず嫌いだけは許さん」


 菜優が彼女用にほぐされた焼き魚を葉の方に押しのける。それを見ながら繋も朝食に箸をつける。


「徐々に、頑張ってみます」


「ああ、今日本当に行かなくていいのか」


「もう高校生なんで、親来なくてもおかしくないと思うし、お忙しいと思いますし」


 繋の言葉に、葉は少し機嫌を悪くした。繋のこういう気遣いは気に召さないらしい。箸と茶碗を音を立てて置くと、繋の方に向き直る。


「来てほしくないというなら行かない。だが、来てほしいならそう言え。俺のことは父親のように扱えと言ってるだろ」


「関係を説明するのが、あれなので、あの、今回は」


「わかった。そういうことなら行かない。せっかく同日でも時間がズレたんだから行ってやれると思ったんだがな」


 どうやら、菜優の方も今日入園式らしい。少し嬉しそうに足をバタつかせる。それを見た葉は、菜優用になっている肌に優しいウエットティッシュを手に取ると、菜優の口元を拭った。


「落ち着いて食えよ。入園式は午後だからな」


「これもあんまおいしくない」


「相変わらず人の話を聞いてないな。もう、嫌なもんは全部残しておけ」


 繋は、そんな親子のような二人のやり取りを眺めながら食べ進め、皿の中身を空にすると立ち上がる。


「ごちそうさまでした。急いで準備します」


 身支度を整え、新しい制服に腕を通す。少し大きめのブレザーに、この制服を注文した時のことを思い出した。受験に合格し、その数日後の学校説明会の後すぐに採寸に行って――。

 両親は更にその数日後に亡くなった。姉と三人、一度に家族を大半亡くした。残ったのは、一緒に留守番して面倒を見ていた菜優だけだった。

 小さな声で、写真に向けて「行ってきます」と告げると、鞄を持って部屋を出る。


「お、もう行くのか。気を付けて行けよ」


「はい。行ってきます」


 繋は葉と菜優に血のつながりがないことを知らない。本当の親子だと信じて疑わない。三人の葬式に突然現れ自分たちを引き連れて帰ってきたこの男のことを何も知らないのだ。

 ただ、菜優が葉に懐いていたから、その男のことを信用してみただけなのだ。


「行ってらっしゃい。友達いっぱい作って来いよ」


「いってらっしゃーい」


 葉のことをちゃんと知っているのは、本人と菜優の母であり繋の姉であるよりと、そして――


「ようくん、しっぽ出てるよ」


「あっ、やべ」


と、素直に焦る葉の、狐のようなしっぽにじゃれつく菜優だけだ。

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