路上ピアノ

熊笹揉々

第1話 ぬいぐるみたち

ところ狭しと並んだぬいぐるみたちに囲まれて、一人の若い女性がベッドに横になっている。スヤスヤとした彼女の寝息が、ぬいぐるみたちの作り物の耳に吸い込まれていく。

と、目覚まし時計のアラームが鳴り出す。心なしかぬいぐるみたちの目が見開かれる。同じパターンで繰り返されるそれをたどって、眠たそうな手がひょこひょこ動く。ようやく目覚まし時計が見つけ出され、アラームが止まる。

ぬいぐるみたちを押し倒しながら、彼女はのそっと体を起こす。ふわふわの布団を体に巻きつけてベッドから降りるころには、ぬいぐるみたちは雪崩のようにぐちゃっと落ちたりする。

布団を巻いたままで、彼女は浴室に向かう。その布団の端でぬいぐるみたちがずりずり引きずられる。浴室はすぐそこにある。ぬいぐるみたちが見守る中、彼女は服と下着を脱ぐ。白い肌があらわになる。ぬいぐるみたちのつぶらな瞳にそれが反射する。

浴室に入った彼女は、ジャッとシャワーを出す。冷たい、という声が、カーテンのせいで暗い室内に響く。ぬいぐるみたちは心配そうに見えそうで見えない半透明な浴室のドアをじっと見ている。しばらくして鼻歌が聞こえ出す。ぬいぐるみたちは心なしか左右に揺れている。

十数分してシャワーから彼女が上がってくる。湯気が浴室から染み出してくる。体を拭き、下着を身につけ、よそ行きの服を身にまとうと、彼女はベッドの端に腰を下ろす。そしてテレビをつけながら、化粧をし出す。テレビでは変身物のアニメがやっている。少女のキャラクターがかわいい動物に模したキャラクターを引き連れて、学校に走っていくシーンを観ながら、彼女は強めのアイラインを引く。アニメが終盤に差し掛かるころには彼女のよそ行きの顔ができ上がる。小さな鏡でそれを確認しながら、彼女はテレビの電源を切る。

ぬいぐるみたちをかき分けて羽のついたピンク色のリュックサックを取り出して、彼女は玄関に向かう。変な方向に向いたり逆さになったりしているぬいぐるみたちがそれを見送る。厚底の靴をなんとか履き、彼女は玄関のドアを開ける。陽光が室内に入り込んでくる。今日は天気がとてもいい。

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