転生した異世界で職業盗賊として生きていた俺が伝説の勇者の剣を引き抜いたら突然求婚されて幸せな家庭を築くまでのお話

ムスカリウサギ

前編


 カッ!!


 陽の光の当たらない洞窟の奥の。

 だのに何故か陽の光の下みたいに明るい洞窟の部屋に、一際まばゆい閃光が走って、俺は思わず腕で顔を覆った。


 ……っ……どおおおおん……っ!!


 カミナリでも落ちたのかってくらいの凄まじい轟音と地響きがその後に続いた。


 たまたま手にしていた剣を地面に突き立て、杖のかわりにすることでなんとか転倒せずに持ちこたえることが出来たのだが。


「……なんっだよ、いったい……?」


 そう、独りちたのと。


「……うそ、本当に盗賊……?」


 そんな、同じような独りごとが耳に届いたのは、まさに同じようなタイミングだった。


「……あ?」

「……そっか。やっぱ運命、か」


 ちかちかする視界がぼんやりと戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、ばさりと伸ばされた、長い金髪。


「……誰だ、お前?」


 つい咄嗟に、と言った具合に口をついた俺の疑問。

 けど華麗に、それをスルーして、そいつは笑った。


「良いわ、運命の人。あたしと、結婚しましょ!」


「………………はい?」


 これは、転生した異世界で職業盗賊として生きていた俺が、伝説の勇者の剣を引き抜いたら突然求婚されて、幸せな家庭を築くまでのお話だ。



 ――――。



 俺がこの異世界にやって来たのは、三年ほど前。


 激務。

 たぶん、その当時の俺の仕事を一言で言い表すなら、その二文字で済むだろう。


 趣味も、時間も、奪われる生活。

 そんな俺の最後の記憶は、真っ暗な帰路の中、ふらふら歩いていた俺に向かってまぶしく光ったヘッドライトと、けたたましく鳴り響いたクラクションだった。


 次第に、心さえも奪われていた俺が、この世界から最後に奪われたのが、命だった。



 ……のだが、何故か俺は生きていた。


 いや、正確にはたぶん、死んだ。

 一度死んで、この世界に転生したのだ。


「……異世界転生って、…………マジ……?」



 転生した異世界で、俺は呆然と立ち尽くしていた。



 ――――。



「チート? んなものは、ちぃとも有りゃせんよ、なんつって」

 

「よし、とりあえず殴らせろ」


 あの後、すぐに神様とかいうジジイが説明しに降臨してきたが、プレゼン開始早々、これだった。これはクレーム案件だ。


「待て待て、ワシ、神様。契約条件に色をつける裁量持っとるから。んじゃ、とりあえず世界最強とか、なっとく?」


 色つけすぎて、それもう虹色どころか極彩色ごくさいしきだろ的な提案は丁重にお断りして、俺がもらったのは、盗賊の才能ギフトだった。


盗賊シーフぅ? 知っとるぅ? 日本語だと、泥棒よ、それ?」

「年寄りの知識マウント、うっぜぇ。良いんだよ、それで」


 そうだ。

 それでいい。


 別に、真っ当になりたいとか、思っちゃいない。


「ふむ。……まぁえぇわぃ。ワシ神様じゃから、お前さんの考えなんぞ、お見通しじゃし」

「……うっせぇ」


 上からマウント下からマーシィも、どっちも要らねぇよ。


 俺は、今まで色んなものを奪われて生きてきたんだ。


 今度は、逆に奪ったって良いだろう?



 そうして俺は、転生した異世界で、職業盗賊として生きていくことになった。



 ――――。



 神様印の才能ギフトの効果は、さすがのインチキチート性能だった。


『職業盗賊として必要なあらゆる行動が、その状況ペナルティに関わらず、常に大成功クリティカルになる』


 成功の目がコンマ何パーセントでもあれば絶対に、それも驚異的なまでの結果として成功する。そんなめちゃくちゃな効果だ。


「……なんでお前みたいのが、Eランク冒険者なんかやってんだよ……」


 一度だけパーティを組んだチームのリーダーから、そんな風にぼやかれた。


「さぁ? 神の悪戯ミスチーフってやつなんじゃね?」


 そこに、ドン引きとも、嫌悪ともちがう、明らかな拒絶を感じた俺は、その日からパーティを組むのをやめた。


 他人と関わる事を避けるように、独りで仕事にだけ時間をいた。


 それから、風の噂で、魔王が復活したと聞いた。


 でも、ソロ専の盗賊には、世界の危機とか、無縁で無関係で無関心でいられたから、何も変わらなかった。



 転生した異世界で、職業盗賊として生きていた俺は、結局、前世と何ら変わらない生活を続けていた。


 ――――。



 やがて二年が経つ頃、魔王が討伐されたと、国を上げてのお祭りが、何日も続けられた。


 ああ、もちろん俺も、充分楽しませてもらいましたよ?


 盗賊……もとい、泥棒らしく、ね。



 でも、そんな祭りの熱も冷めて一年もしたら、俺の中の熱も冷めきってしまっていて。


 その頃には、俺は完全に、転生前の俺に戻っていた。


 金は潤沢に残っていた。

 でも、俺の目には、もう生きる光が残ってなかった。



 

 

 そう思いながら立ち寄った街で、そこまでの稼ぎを適当に使い潰しながら適当に飲み食いしてた俺は、こんな噂を耳にした。


「実はこの街から南西に行った森の奥に、勇者様の使っていた伝説の剣が眠ってるんだよ」


 なんだ、その雑な設定は。


「魔王を討伐した勇者様が、その剣を洞窟の奥の祭壇に突き刺して、去っていったんだと」


 ベタなラノベでも、もう少し凝った設定つくるだろ、とか思ったが、どうせなんの当てもなかった俺は、まぁいいさと、そいつを見に行くことにした。



 街から歩いて半日もしないところに、その洞窟はあった。


 ダンジョン、と呼ぶに相応しい程度には、トラップや解錠の難易度が高い洞窟だったけど、チート持ちの俺には関係なかった。


「……ま、たしかにこりゃ、普通の冒険者程度じゃ、最深部までたどり着けねぇわな。……流石、勇者様特別仕様ってか?」


 変に噂の裏付けが出来て、俄然がぜんやる気の出た冒険を進め、俺はついに洞窟の最奥、件の伝説の剣の元にたどり着いた。


「……マジで剣、突き刺さってんじゃん……。えぇ〜……?」


 伝説の剣の刺さった祭壇は、自ら謎の光を発していて、その部屋はやたらと明るかった。

 陽の光の当たらない洞窟の奥だってのに、陽の光の下みたいに明るかった。


「……んで、これか。……よっ……、……って、簡単に抜けんのかよ!!」


 疑りながらも、近寄って。

 つかを握ったら、ぽろっと抜けてしまった。


「……おいおい、ここまでダンジョン作ってんだから、最後の仕掛けくらい、もう少しそれっぽく作っとけよ……」


 所詮、街おこしの一環でしか無いんだろうがそれにしたって、なんて。



「……ん?」


 一瞬、伝説の剣がピカっと光った気がして、目を向けようとした、その瞬間だった。


 

 カッ!!

 ……っ……どおおおおおん……っ!!


 一際まばゆい閃光が走って、カミナリでも落ちたのかってくらいの凄まじい轟音と地響きが続いたから、俺は手にしていた伝説の剣を咄嗟に地面に突き立て、杖がわりにして耐えた。耐えてたら、突然人の気配が現れた。


「……なんっだよ、いったい……?」

「……うそ、本当に盗賊……?」


「……あ?」

「……そっか。やっぱ運命、か」

 

 ちかちかする視界がぼんやりと戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、一人の女だった。


「……誰だ、お前?」


 使い込まれた、青い鎧。

 太陽のように輝く、ばさりと伸ばされた長い金髪。


「え……、お前、まさか……?」


 凛々しく、愛らしく、光とともに立つその姿。

 それはまさしく、伝え聞く勇者の姿そのものだった。



「ふふっ。……まぁ良いわ」


 勇者は俺の元に近づき、手を差し出して、言った。


「運命の人。あたしと、結婚しましょ!」

 

「………………はい?」



 ……転生した異世界で職業盗賊として生きていた俺が、伝説の勇者の剣を引き抜いたら、突然求婚されてしまった件。


 ……なんだこの、クソラノベみたいな展開?



 俺は状況を飲み込むことが出来ずに、アホ面を浮かべることしか出来なかった。

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