第15話 別に悠人の事なんてなんとも思ってないんだからね!

翌朝。

俺は、鉛のように重い足取りで学校へと向かっていた。

莉奈に最低最悪の誤解をされたまま一夜が明けた。

昨夜は、彼女のあの絶叫と軽蔑に満ちた目が脳裏に焼き付いてなかなか寝付けなかった。

今日は学校でどんな顔をして会えばいいのか。

考えただけで胃がキリキリと痛む。


家を出る際、リリアーナには「申し訳ないけど、俺が帰ってくるまで家の中で待っててもらえるか?」と頼んだ。

すると彼女は「大丈夫です。悠人様は私のことなどお気になさらず、学び舎にてしっかりと勉学に励んでくださいませ」と、深々と頭を下げてくれた。

一人で留守番させるのは、正直言ってめちゃくちゃ不安だ。

またウォシュレットと戦ったり、謎の力で騒動を起こしたりしないだろうか。

だが、二日続けて学校を休むわけにもいかない。

ここは、彼女の成長を信じるしかなかった。


重い扉のように感じられた教室のドアを開ける。

真っ先に声をかけてきたのは、やはり健吾だった。


「よお悠人! もう体調は大丈夫なのか? 心配したんだぞ!」

「おう、サンキュ。もう平気だ」


俺は、内心ビクビクしながら周囲の様子を窺う。

莉奈が昨日の出来事を健吾やクラスメイトに言いふらしているのではないか。

教室に入った瞬間「女の子にパンツを見せるように強要した変態!」と罵声を浴びせられるのではないか。

そんな恐怖に苛まれていた。

だが、健吾も、莉奈の友人グループも、いつもと変わらない様子だ。

どうやら、莉奈は昨日のことを誰にも話していないらしい。

少しだけ、安堵の息を漏らす。

俺は、恐る恐る莉奈の席へと視線を向けた。

すると、ちょうどこちらを見ていた彼女と、バチリと目が合ってしまった。


「や、やあ、莉奈……」


ぎこちなく挨拶をすると、莉奈はすっくと立ち上がり、無言で俺の方へと歩み寄ってきた。

その表情は、能面のように固く、何を考えているのか全く読めない。

そして、彼女は俺の腕を強く掴んだ。


「こっちに来て」

「え、ちょっ……!」


有無を言わさぬ力強さで、俺は教室の外へと引きずり出される。

それを見ていた莉奈の友人たちが「えっ!? 莉奈!?」「まさか、ついに!?」などと、よくわからないことで騒いでいたが、今の俺にそれに構う余裕はない。


「おい、どこに連れて行く気だよ!?」


俺の抗議を完全に無視して、莉奈は人通りの少ない廊下の奥、誰も来ないような場所でようやく足を止めた。

そして、振り返りざま、ドン、と俺を壁に押し付けた。

いわゆる、壁ドンというやつだ。男女が逆だが。


「……ねえ、悠人」


俺がその状況に驚いていると、莉奈は、かつてないほど真剣な目で、俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「誤魔化さずに、答えて。昨日のあの子……彼女、なの?」

「そ、そんなわけないだろ!」


俺は必死に首を横に振る。


「昨日も言ったはずだ! あいつは、俺の親父の知り合いの娘さんで、日本に来たばっかりで住む場所がないから一時的にうちで預かってるだけだって!」

「でも、今の悠人の家って、ご家族は誰もいないんでしょ!? つまり、あんな綺麗な子と二人きりで住んでるってことよね!?」

「確かにそうだけど、本当に何もやましいことなんてない! 出会ってまだ数日なんだぞ!?」

「じゃあ……」


莉奈は、ゴクリと唾を飲み込み、詰め寄るように顔を近づけてきた。甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「本当に、あの子とは何でもないのね? 彼女とか、そういうのじゃ絶対にないのね!?」

「だから、ただの同居人だって言ってるだろ! それに、なんでお前がそんなに気にするんだよ!」


俺が逆にそう問い返した瞬間。

莉奈の顔が、カッと赤くなった。

彼女は急に動揺し始め、ぷいっと俺から視線を逸らす。


「い、いやっ、別にっ! 私はただ、同じクラスの男子が不健全なことをしてないか、風紀を気にして確認しただけであって!? べ、別に、貴方が誰と付き合ってるとか、同棲してるとか、そんなこと、こ、これっぽっちも! 全く気にしてないんだからね!?」


まるで漫画のツンデレキャラのような反応に、俺は呆気に取られる。

そして、莉奈は俺の返事も待たずに爆弾を投下した。


「……そ、それじゃあ、本当に悠人があの子と何もないのか、この私が直接確かめに行ってあげる!」

「はあ!?」

「今日の放課後、悠人の家に行くから!」

「なっ、なんでそうなるんだよ!」

「ほら! やっぱり何かやましいことがあるんでしょ!? じゃなきゃ、断る理由なんてないはずよね!?」


ぐうの音も出ない。確かに、やましいことがないなら、断る理由はない。

だが、うちには聖女様がいるのだ。常識の通じない、ポンコツな聖女様が。

俺は疲れ果てた頭で、これ以上抵抗するのは無駄だと悟った。


「……わかったよ。来ればいいだろ」


俺が渋々承諾すると、莉奈は「やった!」と、小さな声でどこか満足げに呟いた。


ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、俺たちは気まずい雰囲気のまま教室へと戻る。

席に着くと、莉奈の友人たちが、さっそく彼女の周りに集まってきた。そして、俺には聞こえない声で、ヒソヒソと何かを尋ねている。


すると、莉奈が顔を真っ赤にして叫んだ。


「はぁ!? そ、そんなんじゃないって言ってるでしょ! まだ心の準備とかそういうのもできてないし! ……って、だから違う違う! 別に、アイツとはそういう関係じゃないんだからね!?」


教室中に響き渡る、盛大な否定。

一体、友人たちは彼女に何を聞いたんだ。

俺が机に座りながらその様子を眺めていると、担任の教師が教室に入ってきて、「うるさいぞー、白石ー。席に着けー」と気の抜けた声で言った。


ホームルームが始まる。

だが、先生の話など、俺の耳には全く入ってこなかった。


放課後、莉奈がうちに来る。

リリアーナは、今頃家で何をしているだろうか。

頼むから、変なことはしないでくれよ……。

俺は、ただただ、神に……いや、あの残念なロリババアに祈ることしかできなかった。

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