第二章:日本刀とライフル

 天井が割れた。


 いや、天窓だ。三階のステンドグラスが割れた。


 何かが飛び込んできた。


 黒いタクティカルスーツ(※迷彩服)を着た男。ワイヤーで降下し、着地と同時に二丁の拳銃を抜いた。


 同時に床を踏み込む。電光石火。銃口が光り、やっきょうが彼の頬をかすめる。


 組織の男たちに、正確な銃弾が叩き込まれる。全て非致死部位。肩、太腿、腕。


 十秒で、増援たちがもだえながら倒れた。


 男はゆっくりと銃を下ろし、フードを外した。


 韓国人だ、と龍司は直感した。シャープな顔立ち。鋭い眼。耳にイヤホン。


「邪魔してすみません」


 流暢な英語。


「僕はこの組織を三ヶ月追っていました」


「邪魔?」


 ウェイロンが笑った。


「助かったぜ、韓国人」


「俺もだ」と龍司。


 三人は互いを見た。


 日本人、中国人、韓国人。


 2050年、最も憎み合っている三つの国の人間が、同じ場所で、同じ敵と戦っている。




 その時、カジノの外から銃声が響いた。


「クソ、まだ控えてやがったか! 懲りねぇ奴らだぜ」


 ウェイロンが窓の外を見た。


 ゆうに十台を超える黒い車がカジノを囲んでいた。三十人以上の武装した男たちが降りてくる。


「今度こそ本隊のようですね」とジェヒョク(※韓国人の名前)。


「この人数は厳しいな」と龍司。


 三人は顔を見合わせた。


 そして、同時に笑った。


「面白ぇじゃねぇか」とウェイロン


「子供たちはここに残し、僕たちで外へ出ましょう」とジェヒョク。


 龍司は刀を握り直した。



「日本人、名前は?」とウェイロン


「神崎龍司」


「僕はパク・ジェヒョク」


リーウェイロン。いい名前だ、二人とも」


 ジェヒョクは新しい弾倉を装填した。


 三人は拳を合わせた。


 そして、カジノの扉を蹴破った。




 外には三十人以上の敵がいた。


 こちらは三人しかいない。


「何人倒せる?」とウェイロン


「全員」と龍司。


「ハッ、気が合うな」


「僕もです」とジェヒョクは眼鏡を上げる。


 敵が一斉に発砲する。


 龍司は刀を抜き、最前列の男に突進。銃弾を最小限の動きで避け、男の腕を斬り落とす。悲鳴。次の男の喉を柄で突き、三人目の顔面を蹴り飛ばす。


 ウェイロンは倒れていた組織の男から重機関銃を奪い、腰だめで乱射。まるで映画のように、敵を次々と撃ち抜いていく。


「ヒャッハー! もっと来い!」


 ジェヒョクは屋根に飛び移り、狙撃姿勢。正確な射撃で、敵のリーダー格を次々と無力化していく。




 十分後、三十人全員が地面に倒れていた。


 龍司の刀は血に染まり、ウェイロンのジャケットは銃弾で穴だらけ。


 二人は肩で息をしながら、互いを見た。


「強ぇな、日本人」


「お前もな、中国人」


 その時、ジェヒョクがカジノから出てきた。


「子供たちは無事です。警察に通報しました。十分後には到着するでしょう」


「警察? 信用できんのか?」と龍司。


「できませんよ。この世で最も信用できないのは、警察と権力者です。信用できるのはお金と僕の狙撃の腕だけ」


 彼はスマホを取り出した。


「だから俺の知り合いの記者に連絡しました。少なくともお金を出せば仕事はしてくれます。カメラが回ってる中で、警察もふざけた真似はできないでしょう」


「賢ぇな」とウェイロン


 三人は、子供たちが救急車に乗せられるのを見届けた。


 一人の少女が、龍司に駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 龍司は膝をついて、少女の頭を撫でた。


 彼女の姿が妹と重なった。いつか、必ず見つける。





 救急車が去った後、三人は近くの廃ビルに身を隠した。


 龍司が煙草を取り出し、火をつけた。ウェイロンに差し出すと、威龍は受け取って吸った。ジェヒョクには差し出さなかった。吸わなさそうだったからだ。案の定、ジェヒョクは首を振った。


「なぁ、お前ら」


 龍司が口を開いた。


「俺たちの世界、どう思う」


「最悪だ」とウェイロン。即答だった。


「同意する」とジェヒョク。


 経済大国と言われた三国は、今やその面影すらない。


 少子化、戦争、極右独裁、経済崩壊。児童を狙った犯罪組織がアジアで乱立し、政治家たちの資金源になっている。


 三国の治安は、崖から転がり落ちるように悪化していた。


 三国は互いに責任をなすりつけ、憎しみを煽る。


「だが、今日、俺たちは一緒に戦った」と龍司。


「そうです」とジェヒョク。


 三人は空を見上げた。


 龍司が薄く長く煙を吐く。


 香港の夜空は、光害で星が見えなかった。




 ヴヴ……。


 ウェイロンのスマホが震えた。


 彼は画面を見て、顔を険しくした。


「……クソ」


「どうした?」と龍司。


上海シャンハイだ」


 ウェイロンは立ち上がった。


「俺の弟が捕まった。野郎! 復讐にしては早すぎねぇか!」


「僕たちは、とんでもない組織を敵に回したのかもしれませんね」


「俺は行く」


 ウェイロンは二人を見た。


「お前らは逃げろ。俺は元武装警察だ。すぐ顔が割れて香港警察が動く。腰抜けのお前らは捕まる前に国に帰れ」


 龍司は煙草を踏み消した。


「帰る場所、ねぇって言っただろ。闇組織の奴らをたこ殴りにして、絶賛お尋ね者だっつーの」


 立ち上がる。


「腰抜けという表現は、気に入りませんね」


 ジェヒョクも眼鏡を押し上げた。


「僕は元国家情報院のエリートですよ。組織の闇を暴こうとして追われる身になりましたけどね。今さら怖いものはありません」


「……」


 ウェイロンは二人を見た。


 そして、小さく笑った。


「バカだな、お前ら」


「お前もな」と龍司。


「上海まで、どうやって行くつもりです?」とジェヒョク。


「船だ。ツテのコンテナ船がある。密航なら監視カメラをかいくぐれる」


「金は?」


「ある」


 ウェイロンはポケットから札束を取り出した。


「今日の戦利品だ。分けてやる」


「サンキュー」



 この夜、三つの国の男たちが、〝兄弟〟になった。


 世界はまだ知らない。


 この三人が、やがて東アジアを、そして世界を揺るがすことになるとは。





 登場人物紹介


 日本:神崎龍司(かんざき・りゅうじ) - 元自衛隊特殊部隊。家族を人身売買組織に奪われた。全身に刺青、右目に傷。得意技は近接格闘と日本刀術。


 中国:李威龍(リー・ウェイロン) - 元武装警察。腐敗した上司を殴り指名手配。2メートルの巨漢。得意技は中国武術と重火器。


 韓国:朴ジェヒョク(パク・ジェヒョク) - 元国家情報院エージェント。組織の闇を暴こうとして追われる身に。頭脳派ハッカー兼狙撃手。

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