狂君主(レイバーロード)

「スラヴォイ地方の領主が行方不明って話、知ってるかい?」


「ああ、聞くところによると、領民からも慕われたやさしいお方だったって話ね。」


「そう、かの君は民への情はなはだ厚く、治める地の実りは極めて豊穣だった。」


「にもかかわらず、ユートピアは今や廃墟同然。荒れ地には亡霊や化物まで幅を利かせているなんて聞くわ。」


「そのとおり。」


「やっぱりあの噂かしら?令嬢の…」


「そうさ、隣国の王子に嫁いだお嬢さん、お妃様と反りが合わなくて、それはそれは酷い仕打ちを受けたらしい。」


「武勇で鳴らした王子様は、英雄色を好むを地で行くような方。恐怖にうつむくお姫さまをよそに、毎夜他の女に通い詰めてたというわ。なんて酷い話!」


「そうして婚礼の義から1年も経たず、お姫様は窓から身を投げたってわけだ。」


「お父様の領主さんはさぞ嘆き悲しんだことでしょうね。」


「そうさ、何日も部屋にこもり慟哭した。そして途端に失踪してしまった。」


「どうして?領主さんはどこに消えたの?」


「それ以上はわからんさ。だが、それから間もなくして、娘の嫁ぎ先だった王家が一夜にして惨殺された。お妃様の首は城門の尖塔に串刺しにされ、武勇に鳴らした王子も一刀のもとに両断されていた。他の死体は身元がわからないくらいバラバラにされていたらしい。」


「まあ怖い!でもそれと行方不明の領主さんはどういう関係?」


「領主は昔、"金色の剣"と呼ばれた剣術の達人だったのさ。皇帝から授けられた黄金の鎧に身を包んだ姿は、そりゃ見事なもんだった。…で、例の日にその鎧が歩いているのが目撃されたのさ。真っ赤な返り血を浴びてはいたがね。」


「…まさかと思うけど、そいつって、あの金ピカのこと?」


女の白い指先の向こうには、血染めの黄金の鎧と取り囲むような数人の人影。黄金の剣の輝きが激流の荒々しさで振るわれると、一拍に十回の剣閃が走り、対峙していた人影が襤褸切れのように引き裂かれた。


「ありゃ、長くは持たんな…」

阿鼻叫喚を上げながら蹂躙されているパーティを遠目で眺め、男は腰の倭刀に手をかける。


「あいつらがやられたら、次はこっち?やだやだやだ、あんたが死んだらワタシは逃げるからね!」


ローブに身を包んだ女は、両手で印を結び始めた。焦燥する声とは裏腹に、両手は渡り鳥を思わせる優雅さで踊るように様々な形を作る。手話のようなそれは、当たり構わず焼き尽くす熱線を呼ぶ禁術の前触れ。


「まあ、なんとかなるさ。とりあえず支援頼む。後ろから俺を撃たんようにな。」


「もう知らない!ドールト神にでも祈ってなさいよ。」


人影が消えた血だまりの中、金色の剣が風を切り血を払うが、染み付いた死臭が消えることはない。鎧は獣の咆哮を上げ、次の獲物に見定めた2人へと向かい、獅子の如く床を蹴った。


まじないか魔の者との契約で人ならざる力を得たか。おもしろい。


男がすらりと抜いた倭刀は迷宮に出た月のように鈍く輝いた。


もはや陽は堕ちた。これからは夜の時間だ。

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