第25章 SE、友のもとへ馳せる。

その日、俺が意識を取り戻したことは、

あっという間にギルド中に広まった。

夕方にはもう「マイト全快祝いの宴」が開かれていた。


樽を抱えた冒険者たちが集まり、

笑い声と乾杯の音が鳴り止まない。

「マイトの復活に乾杯だ!」と誰かが叫ぶたびに、

ミカが眉を吊り上げて怒鳴り散らしていた。


「ちょっと! 病み上がりの人にお酒飲ませないで!」


その剣幕に、屈強な冒険者たちが一斉に背筋を伸ばしたのは

言うまでもない。


もっとも、俺自身、体の不調は感じなかった。

むしろ妙に軽く、頭も冴えている。

三日間も寝ていたとは思えないほどだった。


……この件も、後でじっくり考察してみよう。


この世界の理(ことわり)――

“夢の層”としての構造に思い至ったその興奮がまだ残っていたが、

ふと、静かになった心の奥に一つの顔が浮かんだ。


ジョー。


あの森の小屋で、一人で生きてきた男。

俺が消えたあと、また独りに戻ってしまったはずだ。


驚いたに違いない。

俺が目の前から突然、消えたのだから。

また、あの寂しさの中に取り残されて――

そう思うと、胸の奥が締め付けられるようだった。


「ジョーを……この世界に連れ戻してやりたい。」


俺はレオたちに相談した。

ジョーの森での出来事は、すでに皆に話してあった。


「なあ、ジョーは、この世界のどこかで今も眠っているはずだ。

 ジョーを起こしてやりたい。探す方法はないだろうか?」


ルナが腕を組み、少し考えてから言った。

「人探しか……俺たちだけじゃ限界がある。範囲が広すぎる。」


リオンが頷く。

「そうだな。冒険者の中には“探索専門”の連中もいる。

 マイト、お前がギルドに“人探しのクエスト”を出してみたらどうだ?」


レオが笑った。

「金は少しかかるがな。俺たちも出すさ。恩人探しだろ?」


その言葉が胸に染みた。

俺は頷き、ギルドのカウンターへ向かった。


依頼内容はこうだ。


【探索依頼:ジョーを探せ】


年齢:三十前後の男性

職業:狩人と思われる

特徴:落ち着いた性格、口数が少ない

状況:二年前から消息不明、眠っている可能性あり


報酬は、俺たち四人の共同出資で。


そして、一週間後――。


「マイト、報告が入ったぞ!」


ルナが駆け込んできた。

興奮を隠せない様子で、紙束を握りしめている。


「ジョーらしき人物が見つかった。

 隣の隣の、そのまた向こうの村――“セレノの集落”だ。」


「本当か……!?」


俺たちはすぐに準備を整え、馬車に乗り込んだ。


風を切って進む車輪の音が、胸の鼓動と重なる。

窓の外には広がる丘陵地帯、遠くに見える森の稜線。


――ジョー、待ってろ。

今度は俺が、迎えに行く番だ。


“セレノの集落”にたどり着くまで、丸二日を要した。

街道を抜け、山を越え、森をいくつも渡った。

乾いた風が肌をなで、道端の花が朝日にかすかに光っている。


俺たちが馬車を降りるころには、空が淡く茜色に染まっていた。


村の入口で事情を話すと、驚くほどあっさりと案内がついた。

どうやら、“ジョー”という名に聞き覚えがあったらしい。


「……ああ、あの狩人のことか。」

そう言って、村人の一人が道を指さした。


俺たちは、案内されるままに小道を進む。

木柵に囲まれた家々、煙の上がる小さな広場。

静かな村だった。


そして、俺たちはすぐに見つけた。


ジョーは――やはり、眠っていた。


二年前、狩りの最中に馬に蹴られ、頭を強く打ったという。

命こそ助かったものの、以来ずっと意識が戻らないまま。

それでも村の僧侶が定期的に回復魔法をかけ、

今もこうして呼吸を続けている。


この世界のジョーもまた、かつては名の知れた狩人だったらしい。

人当たりがよく、腕も確かで、村人たちからの信頼は厚かった。

いまもなお、彼の家には毎日誰かが訪れ、世話を続けているという。


――本当に、あのジョーと同じだ。


「俺たちなら、彼を目覚めさせられるかもしれない。」


そう言って、俺たちはジョーの家へ通された。


中は静かで、木の香りが満ちていた。

朝の光がカーテンの隙間から差し込み、

ベッドの白いシーツの上に柔らかな橙の模様を描いていた。


壁際のベッドに、ジョーは穏やかな表情で横たわっていた。

目を閉じ、浅い呼吸を繰り返している。


見た目も、森で会ったジョーそのままだった。


俺は村人たちに下がってもらい、部屋の扉を閉めた。

中には俺たち四人とジョーだけ。


レオが小声で言う。

「本当に……やるのか?」


俺は頷いた。

「やるしかない。理屈は分かってる。

 強い衝撃で、夢の層から意識を引き戻せるはずだ。」


ルナが息をのむ。

「……まるで実験だな。」


「そうだ。だが、理屈は確かだ。」


俺は一歩、ベッドに近づいた。

そして――ジョーの胸倉をつかみ、拳を握る。


「ジョー……帰ってこい。」


そのまま、渾身の力で拳を叩き込んだ。


「バチィィィィィンッ!!!」


電撃のような音が、部屋全体に響き渡った。

ジョーの体が跳ね上がり、ベッドから転げ落ちる。


次の瞬間――


ジョーの目が、パチリと開いた。


焦点の合った瞳が、まっすぐ俺を見つめる。

その顔に、確かな“生”の光が宿っていた。


そして、


「いってぇぇぇぇぇぇ!!!」


ジョーは叫びながら、床の上を転がり回った。

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