第21章 SE、森を彷徨う。
――夕方だった。
オレンジ色の光が、森の木々の隙間から差し込んでいる。
気がつくと、俺は土の上に大の字で寝転んでいた。
手に握られていたのは、ただ一つ――《リンク》。
身体を起こす。
頭がズキリと痛むかと思いきや、不思議と何ともない。
さっき思いっきり頭を地面に打ち付けたはずなのに、
血も傷もない。
「……どうなってるんだ?」
立ち上がって、あたりを見回す。
森の空気が、違う。
見慣れた木々のはずなのに、どこか色が浅い。
光の濃淡もおかしい。
まるで、誰かが描いた風景画の中にいるみたいだ。
人の気配はない。
レオも、リオンも、ルナも――誰もいない。
焦りよりも、まず先に奇妙な静けさがあった。
どこか心地いい。
まるで、体の中の音だけが響いているような静寂。
だが、この感覚こそ異常だ。
俺はリンクの電源を入れ、メニューを開いた。
「……嘘だろ。」
仲間たちのデータ――レオ、リオン、ルナ、ミカ――
全員の写真が消えていた。
それどころか、
フォルダの中身も、通信履歴も、位置情報も、
すべてが空。
まるで最初から、何も存在していなかったみたいに。
胸の奥がざわめく。
息が浅くなる。
「おかしい……。こんなはずは……。」
次にGoogleマップを起動する。
しばらくして、画面に見慣れない地形が浮かび上がった。
山の形も、川の流れも、
俺が知っている世界のものじゃない。
地名の表示も、
どこかで見たようで見たことがない。
文字は読めるのに、
意味がつながらない。
「……ここは、どこだ?」
声が震える。
けれど、返事は森の奥に吸い込まれていくだけだった。
とにかく、このままじっとしていても仕方ない。
まずは、森を出よう。
再び地図に目を戻す。
ズームを繰り返していくと、少し離れた場所に――
森の中にぽっかりと空いたような空間があった。
中央には、建物のような影。
「……人がいるのか。」
俺は深く息を吸い込んだ。
まだ日は暮れきっていない。
行くなら、今のうちだ。
《リンク》をポケットにしまい、
森の出口を目指して歩き出した。
――足音だけが、やけに大きく響いていた。
しばらく歩き続けて、ようやく森が途切れた。
木々の間から、かすかな煙が立ち上るのが見える。
「……あれか。」
近づくにつれ、開けた土地が現れた。
小さな畑と、木材で組まれた粗末な小屋が一軒。
まるで、森の中で世界から取り残されたような場所だった。
俺が声をかけようとしたその瞬間――
小屋の扉が勢いよく開き、中から一人の男が飛び出してきた。
「人か!!」
その声は、歓喜と恐怖が混ざっていた。
男は、転びそうな勢いでこちらに駆け寄ってきた。
そして、その勢いのまま、俺の両手をがっしりと掴む。
「人だ……本当に、人が来た……!」
目が潤んでいた。
声が震えている。
息が荒い。
その手は温かいというより、熱を帯びていた。
小屋の中は、暖炉の火でぼんやりと照らされていた。
炎が壁にゆらめきを落とし、空気に焦げた木の香りが漂う。
天井から吊るされたハーブが、風に小さく揺れていた。
俺は、粗末な木のテーブルの前に座っていた。
目の前には皿が並んでいる。
焼いた鹿肉に野菜のスープ、そして干した果実。
質素だが、心のこもった食事だった。
「悪いな、ろくなもんがなくて。」
男は笑いながら言った。
「けど、今日ばかりは特別だ。久々の客人だしな。」
その笑顔には、どこか“人を迎える喜び”のようなもの
があった。
だが同時に、長い孤独を引きずった影も見えた。
「助かる。正直、腹も減ってた。」
俺はスープをすすりながら答えた。
味は濃いが、温かい。
体の奥にゆっくりと熱が広がっていく。
「……あんた、名前は?」
「マイトだ。」
「マイトか。俺はジョー。狩人だ。」
彼は鹿肉を切り分けながら、静かに語り始めた。
「ここには二年前に来た。気がついたら、森の中にいた。
道は分からねぇ、地図にもない。
彷徨ってたら、この小屋のじいさんに助けられた。」
ジョーの視線が暖炉の炎に落ちる。
「じいさんは、半年ほどで死んじまった。」
炎が小さく弾ける音がした。
「それからはずっと一人で暮らしてる。
周囲も調べたが、他に人の気配はねぇ。
この森の外に何があるのかも、分からねぇままだ。」
俺は黙って聞いていた。
炎の揺らめきが、ジョーの顔に影を落とす。
「……でも、一度だけ、人に会ったことがある。」
その言葉に、思わず顔を上げた。
「一年くらい前だ。若い戦士みたいな男だった。
やけにでかくて、よく焼けた肌をしていた。
方向感覚も抜けてたが、やけに落ち着いててな。
この“世界”を調べると言って、すぐに出ていったよ。」
「今は?」
「さぁな。帰ってきちゃいねぇ。」
ジョーはそう言って、鹿肉をひっくり返した。
火花がパチ、と弾ける。
会話はそれきり途切れた。
ただ、薪の爆ぜる音と、夜の虫の声だけが響いている。
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