第15話 芦野村・芦原一族
ほどなく、私たちは公民館へ着きました。公民館は、駅から大通りを10分ほど歩いた先、左折すると神社に通じる交差点を通り過ぎてすぐの場所にありました。日本建築の庭園のある建物で、小さな地区の公民館にしては立派な印象を受けました。
「ここです。着いたら電話するように言われているので、かけますね。少々お待ちください。」
そう言って秦野さんはどこかに電話をかけました。するとまもなく、革靴が地面を打つ音と共に、公民館の中から白髪のご老人が1人出てきました。年齢の割に背が高く、背筋は伸びており若々しく感じました。
「秦野さんやね。アサノ村のことが聞きたいとか、変わった人もいるもんやね。まぁ中に入ってください。」
白髪のご老人は低い声でそう言うと、私たちを中に招き入れ、応接室へと通してくれました。
「よぉ来てくれました。どうぞ、座ってください。今お茶淹れてくるから…」
そう言って、物腰柔らかく、私たちに話しかけてくれました。
私はお茶を一口いただき、この立派な公民館のことを尋ねました。
「ここは、芦原一族の旧宅なんですよ。」
「芦原…?」と、秦野さんが呟きました。
「そう、ここら一帯じゃ昔から大きな家でね。芦原性の人も結構住んではるわ。私は朝光って言います。うちも親戚やから、その縁もあって、今はここで管理人をしているってところです。よろしく。」
「秦野です。こちらは〇〇さん。今日はお時間いただきありがとうございます。」
「いやいや、構わへんよ。来客とか滅多にないから、こっちも嬉しいです。ほんで、連絡をくれはったんは、秦野さんやったかな?村史に興味があるって言ってはったから、てっきりもっと年配の人かと思ってました。失礼ですがおいくつですか。」
「28歳です。今年、29歳になります。」
「若いなぁ。うちの孫と同じくらいやね。珍しい趣味やな。」
「あ、村史に興味があるのは私の方です。そのことで、お伺いしたいことがあるんです。集落…とおっしゃいましたが、この辺りには昔、村があったんですよね?アサノ村っていう…」
私は切り出しました。
「そうそう。よくご存知で。この辺一体はアサノ村って呼ばれる場所やったんですよ。なくなったんはもう100年以上前の話やけどね。」
朝光さんは、アサノ村について教えてくださいました。
「アサノ村ってのは、漢字で芦野村って書くんです。今日は駅から歩いてここまで来はったんですか?駅からずーっと下り坂でしたでしょう。このあたりは谷間になってる場所でね。周りの山に降った水が集まってくるんです。せやから平地やけど、水捌けが悪くて。大昔は芦が群生する湿地やったようで、人がまともに住めるようなところやなかったようです。そこを開拓したんが、芦原家やったってわけです。せやから、この村はほとんど芦原家の土地やったんですわ。今はもう、ずいぶんと他の人も住んではりますけどね。」
そう言って朝光さんは、棚から昔の地図を取り出しました。地図は1700年代に書かれたもののようで、この辺り一体の地形が示されていました。それは、私がアサノ村史で見たものとよく似ていました。
「そうだったんですね…あの、私、この村のことを、とある古本で知ったんです。そこに、明治22年に
「ほー。よく調べてはりますね。そうそう、この村は公的な記録には出てこないんよ。」
朝光さんは、そうおっしゃると、さらに話を続けてくれました。
「この村はさっき言ったとおり、芦原家が作った集落やったんです。せやから、行政的には隣の谷畑村の一部やったんですわ。そこをご先祖さんが勝手に芦野村って読んでたってことです。まぁ、自称芦野村って感じやね。」
話を聞いてみると単純でした。どおりで公的な資料にはでてこないわけです。
「大きな村だったんですよね。」
「そうそう。自治区みたいなもんで、谷畑村の言うことも聞かんと好き勝手やってたみたいです。分家もようけあったみたいやし、近くの村からもようけ人が来て、最盛期には50戸くらいの集落になって。そんときは、隣の谷畑村より大きなってたみたいです。せやけど、伊里斐村ができるときにはだいぶ人も減ってたみたいです。元々公式には谷畑村の一部やったから、合併されたときには、公的な記録には残らんかったってことらしいですわ。」
「あの…なんで減ったんでしょうか?」
朝光さんは、詳しくは分からないという前提で話してくれました。
「芦原家っていうよりも、村全体の話みたいです。なんでも、この辺りで流行病が出たみたいで。それで村の人もようけ亡くなったらしいんです。ほんで、村の神さんとこでお祈りとかするようにして、ようやく鎮まったみたいです。せやけど、そこから元どおりってわけにはいかんくて。上手く人も増えへんで、悪い噂も重なって、他の村から嫁いでくる人も減って…みたいな話です。」
「お祈りというのはもしかして、この近くの神社のところのお祭りのことですか?」
「ほんま、よう知ってますねぇ。そう、毎年やってる夏祭り。100年以上前から続いている、由緒ある祭りなんです。今はもう地域のお祭りって感じになってるけどね。この公民館も、祭りのときにはそっちの広間で宴会を開くんよ。」
「宴会ですか…いいですね。ちなみに、神社の御祭神は?」
「それが分からないんです。どこにも記録は残ってなくて。せやから、ここらじゃみんな、『ナナシさん』って呼んではることが多いかな。名前が分からんけど、愛着も込めて。」
「ナナシさん…ですか。…質問ばかりですみせん。ところで、悪い噂って、もしかして神隠しですか?」
私がそう聞くと、朝光さんの顔が明らかに曇りました。
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